美加ちゃんの叫び声と椅子を押し倒した音は、適度に賑やかな社員食堂の隅々に響き渡った。瞬間、水を打ったように静まる空気と集まる視線に私は慌てふためいた。

「美加ちゃんっ」

 声を最小音量で、絞りだす。

「あ、はい、つい。すみませぇん……」

 さすがの美加ちゃんも、皆に注目されては小さくならざるをえない。でも小さくなったからと言って、集まってしまった好奇の視線はすぐには消えてくれず。

 そこここから『なに、ケンカ? あの二人工務課の子でしょ、何かもめてるわけ? 男の取り合いとか?』などど、内緒話には程遠い音量の揶揄のこもった尖った言葉が飛んできて、グサグサと体中に突き刺さって痛い。

 こう言う時は、逃げるに限る。

「とにかく、出よう」

「は、はいっ」

 好奇心たっぷりの視線の集中攻撃に耐えられず、逃げるように社食を後にした私たちは、美加ちゃんの提案でお昼時の憩いスポットの一つである屋上へと足を向けた。

 最上階の十階までエレベーターで行き、そこから階段を上ってグレーの重いスチールドアを開けば、その向こう側に広がるのは梅雨に突入したばかりの、六月の空。

 もちろん抜けるように青さはなく、今にも雨が降り出しそうな暗雲が垂れ込めている。昨日とは打って変わって、まるで春を飛び越えて冬に逆戻りしたかのような肌寒さだ。

 そのおかげで、いつもならチラホラいる屋上ランチ組の姿もなかった。

 吹き寄せてくる冷たい風になぶられて、ゾクゾクと背筋に寒気が走り身を震わせる。