「さあ真理、お礼を言いなさい」
手招きして言う課長の言葉に別れの時を察知さっちしたのか、真理ちゃんは返事はせずに、ギュッと繋いだ手に力を込めてきた。
「真理、これ以上は、本当にご迷惑だよ? 一緒に遊んでいただいたのだから、きちんとお礼を言いなさい」
腰を屈めて真理ちゃんの目線で諭すように言う課長の言葉尻は柔らかい。でも、否と言わせない厳しさもあった。
ギュッと口を引き結んで、言葉もなく俯く真理ちゃんの姿を見ていたら、私の方が別れがたくなってしまった。
でもさすがに、課長と四人で仲良く遊園地巡りをするわけにはいかない。
私の心臓も持たないし、せっかく誘ってくれた飯島さんにも申し訳ない。
それに、私にはまだ『一番の大仕事』が残っているのだ。
私は、うつむく真理ちゃんの前に回り込んでしゃがみ込み、その顔に自分の顔を近づけて、自分が出来うる限りの優しい笑顔を浮かべた。
歯を食いしばっているためか、もともとプックリと子供らしい頬の稜線が、ニンジンを食む子ウサギのように膨らんでいる。
あまりのその愛らしさに、なんだか胸がいっぱいになってしまった。
「ねえ、真理ちゃん。また今度、一緒に遊ぼう。この県には大きな水族館もあるのよ。真理ちゃん、イルカさん好き?」
うん? と顔を覗き込めば、沈んでいた黒目がちのつぶらな瞳が一瞬にして、キラキラと好奇心の色に輝いた。
「うん、イルカさんもアザラシさんも大好きっ!」
「そう、良かった。じゃあ、約束ね。今度は水族館で、イルカショーを見よう?」
私が差し出した小指に、小さな小指がギュッとからまる。
接しているのはほんの僅かな部分だけなのに、その温もりが心に染みてくる。
「うんっ!」
久々の『指切りげんまん』とその笑顔は、私の中に、ほんのりと温かいものを残してくれた。