「真理、よしなさい。ご迷惑だよ」

 すうっとしゃがんで真理ちゃんと自分の目線を合わせると、課長は静かな声でそうたしなめた。

 でも、真理ちゃんは意に介した様子もなく、ニコニコと更に自己主張を続ける。

「パパは、玲子(れいこ)さんと一緒にお散歩してきていいよ。真理だけここで、ハンバーガーを食べるから。せっかくのデートなんだから、二人っきりでお話ししたら?」

――ええっ!?

 ニコニコと天使の笑顔で可愛らしいピンクの唇から発せられた、少し皮肉すら感じられる大人顔負けのセリフに驚き、まじまじと発言主の顔に見入ってしまう。

――うわぁ、さすがに課長の娘。

 この年で、このセリフを言ってしまうのか。

「真理、いいかげんに……」

「東悟さん。私も、そうしていただけると嬉しいですわ。二人だけでお話ししたいこともありますし」

 困ったように眉根のしわを深くして、なおも娘の説得を試みる課長の言葉は、凛と響く美しい声に遮さえぎられてしまった。

――で、『ですわ』?

 リアルで初めて聞いたセレブリティあふれるその物言いに、作った笑顔が引きつった。

「でも、それでは……」

 たぶん、『私たちの迷惑になるから』と続くはずの言葉を飲み込み、課長は短く息を吐いて私たちに視線を向けた。

 部下としては、ここは上司サービスで『お子さんはお預かりしますから、どうぞお二人で』と言うべきだろう……。

 そうは思うけど、あまりの事の成り行きに脳細胞が付いて行かず、巻き添えを食った言語中枢は上手く働かず、笑顔は最早引きつったまま能面のように固り、活動停止中だ。

――ああ、私って、使えない……。

「別にいいですよ。俺、子供好きですから。梓あずささんもいることだし、喜んでお預かりしますよ」

 美女と将来美女になりそうな現天使に熱い視線を向けられて、明らかに困っている様子の課長に助け舟を出したのは、私ではなく飯島さんだった。