もちろん、それまでも男性を好きになったことはある。

 相手は、学校の同級生や先輩。それがほとんど、というか百パーセント片思いの領域、『憧れ』と言う感情が占めていたとしても、やはりそれは『恋』だった。

 それまでのそう言う淡い恋心。

 プラトニックな自己脳内完結恋愛とはまるで違う、実体を伴った恋愛。

 東悟との付き合いで私は始めて、『男を愛する』という意味を知ったように思う。

 体の構造も考え方も全てがまるで違う異性。自分に無いものを沢山もっている『榊東悟』の存在を愛するという行為。

 それは、その頃の私にとって自分の一部分であり、なくてはならないものだった。

 でも――。

 甘く。

 ひたすら甘い蜜月の 時間(とき)

 終わりが来ることなど考えも及ばなかった、その日々は、実にあっけなく終わりを告げた。

 付き合いだしてから一年余りたったある日。大学卒業を目前にした東悟からの、一方的な別れの言葉によって――。

 行方を捜そうにも携帯電話は解約され、それまで住んでいたアパートは引き払われていた。

 おまけに、オメデタイことに私は東悟の実家を知らなかった。

 大学への問い合わせは、『個人情報の保護』の高い壁に阻まれてしまい、最後の頼みの綱だった友人達からも知りたい情報は得られずに終わった。

『すまない――、もう終わりにしよう』

 その一言を残して、東悟は私の目の前から、消えた。

 文字通り忽然と、消えてしまったのだ。

 何が原因なのか。何がいけなかったのか。

 理由を聞きたくても、肝心の本人が居なくなってしまった。

 置いてけぼりにされた恋心は、時と共に風化するどころか、私の中で濃縮還元されてしまったようだ。