すっと、腕の伸ばされる気配にドキッとした瞬間、右頬に温もりを感じて思わず扉の方へ身をのけぞらせた。

「い、飯島さんっ!?」

 反射的に上げた瞳が飯島さんの真っ直ぐな瞳に捕まって、金縛り。そのまま動けなくなってしまった。

 長いような、たぶん一瞬の視線の交錯。

 驚きの眼で見つめていると、その瞳がフッと愉快そうに細められる。

「まつ毛、付いてましたよ。ほら」

「えっ!?  あ、ええっ!?」

 飯島さんのがっしりとした骨太の指先に、黒いまつ毛を認めて、カッと頬に血が上る。

――あああ。痴漢扱いの反応をしてしまった。

 信号が青に変わり、クスクスと笑いながら車をスタートさせた飯島さんの横顔に、「ご、ごめんなさいっ!」と、頭を下げる。

「謝らないで良いですよ。今のは、半分わざとだから」

「は?」

――わざと?

 わざと、頬に触ったってこと?

 なぜか、湧き上がったのは、漠然とした不安。

 『明るく陽気で仕事ができる大手ゼネコンの現場監督さん』。

 もしかして、私は飯島さんと言う人を、見誤っている?

 尚も愉快そうに笑う飯島さんの横顔を、私は、一抹の不安を覚えながら呆然と見つめた。