――あああああっ。
乗ってどうする、このオタンコナスビっ!
言え、今すぐ言うんだっ!!
あまりと言えばあまりの自分の要領の悪さに眩暈めまいを覚えながらも、まだ残っている理性の命令に私はなけなしの勇気を振りしぼった。
「あ、あの飯島さんっ」
「はい?」
バックミラー越しに一瞬、私の問いかけにチラリと視線を上げた飯島さんの色素の薄い茶色の瞳と視線がバッチリとかち合って、思わずひくひくと浮かべた笑いが引きつる。
「できれば、その辺の角で降ろしていただけると、嬉しいかなぁ……って」
「今日は、予定はないんでしょう?」
「え、あの……」
――あるって言え。
急に用事が出来ましたって言えばいい。
降ろしてもらえばこっちのもの。
後は、お礼の言葉と『申し訳ありませんが、やっぱり付き合えません』って、メールででもお断りの返事を送ればいいんだから。
それで、すべて終わる。簡単よ。
私の中の『黒梓』が、意地悪くそそのかす。でもその一方で。
「はい。予定は、ないですけど……」
真っ直ぐな瞳を向けてくれるこの人に、嘘はつきたくない。
そう思ってしまった。