まさか、いきなり部屋に上がらせてくれとは言わないだろうけど、万が一と言うこともある。それに。

『お気持ちは、とても嬉しいんですけど、実は好きな人がいるんです。だから、お付き合いはできません』

 本当は、昨日言わなければいけなかった、飯島さんに伝えるべき言葉を脳内反芻(はんすう)する。

 まさか好きな相手が谷田部課長だとは明かせないけど、正直な気持ちを伝えよう。それが、私を好きだと言ってくれた人への最低の礼儀だと、そう思う。

 一番の問題は、きちんと言えるかどうか。

「ううっ、胃が痛い……」

 暴飲暴食プラス恋の悩み。

 木村課長じゃないけど、胃に穴が開きそうだ。でもここが踏ん張りどころ。

 飯島さんが来たら、荷物だけを受け取ってお礼を言い、デートの件はしっかりと、お断りしなければ。

 デートに誘ってくれる男性を待つ身としては、地味すぎる今日の格好の理由は、そのためもある。

 いつもの普段着の、シンプルな生成きなりのカットソーとブラック・ジーンズ。

 靴は、履きなれた白いスニーカー。

 化粧はいつもの、美加ちゃん曰く『のっぺらメイク』。

 黒縁メガネは、必需品。

 ついでに、髪も首の後ろで無造作にひとくくり。

 おまけに、昨夜の不摂生で顔色は悪いし、夢の中で大泣きしたせいで瞼も腫れぼったい。

 これが、高級服や特製メイクを剥いだありのままの、高橋梓。

 二十八歳の等身大の飾らない『本当の自分』。

 飯島さんには、ありのままの私を見て盛大に幻滅してもらって、その上でキチンとお断りしよう。