「はいよ」

「あ、す、すみませんっ」

 妥協を許さないような、真っ直ぐな強い瞳。

 触れたらスパッと切れそうなその雰囲気が、正直、怖かった。

 私はしどろもどろになりながら、怖々と彼の差し出すノートを受け取った。

「その三。すみませんじゃなくて、ありがとう」

「は……?」

「あ・り・が・と・う」

 言葉の意味が分からず間抜けな声を上げる私に、彼は、口をハッキリ開けて発音してみせる。

 どうやら、彼は『すみません』ではなく『ありがとう』と言って欲しいらしい。

 そう、半ばパニック状態で理解した私は『ぴきん』と固まったまま、まるでコメツキバッタのように、深々とお辞儀をした。

「あ、ありがとうございますっ!」

 その私の様子に笑いのツボを刺激されたのか、彼はクスクスと声を上げて笑い出した。

「面白いヤツ」

 おずおずと視線を上げると、ちょっと怖いと感じた黒い瞳が、柔和そうに細められている。

 とたんに、さっきまで纏っていた鋭い雰囲気が払拭されてしまう。

 うわぁ、笑うとメチャクチャ優しそう。このギャップは、反則だぁ……。

 頬の熱さと、恥ずかしくなるくらいに高鳴る鼓動。

 ――たぶん、それが始まり。

『一目惚れなんてあるはずがない』

 そう思ってきた十八歳の奥手な田舎娘は、始めての恋で、それを身をもって経験したのだ。

 そして。

 恋が愛に変わるのに、そんなに時間はかからなかった――。