ふっと、意識が覚醒して目の前でぼんやりと像を結んだのは、おなじみ赤いボディ・カラーに青い魚の絵が描かれた、蓋の開いた『サバの味噌煮缶』。
遅れて機能し始めた臭覚が、甘塩っぱい独特の匂いを感知する。
ピキピキと悲鳴を上げる体を突っ伏してたテーブルから引き起こし、目の前に広がる光景にため息を吐く。
記憶にないから定かじゃないけど、たぶん力任せに捻りつぶしたのだろう、テーブルの周りに転がるのはグシャリと潰れたビールと酎ハイの空き缶の群れ。
『食い散らかしました』状態を絵に描いたような、柿ピーとイカの燻製(くんせい)の残骸が、そこはかとなく哀愁を誘う。
食べかけの新発売アイスは、すっかり溶けて白い水と化していた。
――荒んでいる。
「まさに、今の私の心のごとく……ね」
昨夜、コンビニでタクシーを呼んだ後。
『いくら近くても、女の子が夜道を一人で歩くものじゃない。だから、君もアパートの前までタクシーに乗って行きなさい』と主張して譲らない課長の頑固さに負けて、歩いてもほんの四、五分の距離をタクシーに乗り。
逃げるようにアパートに駆け込んだのが、午前一時を過ぎた頃。
それから、一人で冷凍ごはんをチンしてサバの味噌煮缶を開けてその後は、一人で酒盛りをしたんだった。
そのまま着の身着のままで、テーブルに突っ伏して朝まで眠ってしまったのか。
パーティ用の高級服でサバの味噌缶でご飯を食べて、一人で酒盛りする二十八の独身女。
「百年の恋も冷めるわね、きっと」
我ながら、呆れて笑っちゃう。
こういうのを称して、『干物女』と言うのだろう。