『どした、あー坊。つれえごどがあったのが?』

 辛いことがあったのかと、大きな温かい手がフワリと頭をなでる。その温もりはあの人のそれを思い起こさせて、ますます涙は溢れだした。

「と……てもっ……。とても、好きな人がいるのっ」

 膝に顔を伏せたまましゃくりあげながら声を絞り出す私に、父が『そうか』と静かに頷く気配がした。

「でもね、その人には、好きって言ったらダメなの。言っちゃいけないの」

『そうなのが?』

 そうなのかと優しく問うその声に唇を噛みしめて、コクンと頷く。

 今でも好きだと、忘れたことなどなかったと。

 その気配を感じるだけでその声を耳にするだけで、体の細胞の一つ一つが震えるくらいに、もうどうしようもなくなるほど大好きなのだと。

「……うん。言ったら、その人が困ってしまうから。きっとその人も、心を痛めてしまうから……だからっ……」

――言えない。

 言ってしまえばこの想いを吐露(とろ)してしまえば、あの人は受け入れてくれるかもしれない。

 だけど、そうなればきっと、私以上に苦しんで心を痛めてしまう。

 そう言う人だって、知っているから。

「言ったらいけないのっ……」

『よしよしよし』と大きな手のひらが、労わるように私の頭をかき回す。

『それは、せづねぇな……』

 優しく響く父の声に、私はただ『うん』と頷いた。

 上気した頬の熱を奪いながら、とめどなく伝い落ちる涙が膝を濡らしていく。

 ヒヤッとするその感覚で、私は現実に引き戻された。