「ほら、腹の虫が文句をいってる。腹が減っては(いくさ)はできないってね。昔の人もいってるだろう?」

 ――戦って、今から戦をするんですか、あなたは?

「……約束する。食事が終わったらすぐに帰る。だから、俺を信用してくれないか?」

「……」

 ボソリと落とされた呟きに、答えることができない。

 この人を信用していない訳じゃない。

 例え酔っていたとしても、嫌がる人間に無理強いをするような人じゃないって、良く分かっている。

 酒の勢いで女をどうこうするような男なら、歓迎会の夜、私のアパートに泊まった時にどうにかなっていたはずだ。

 問題は、私。

 私は、自分の脆さを知っている。

 どんなに言い繕ってもこの人に惹かれるのを止められない、弱い自分を知っている。

 あのエレベーターでのキスの余韻が覚めやらない今、課長と二人きりになってそれでも自分を保っていられる自信なんか、私にはない。

 ――ごめんなさい。

 どんなことがあっても自分の心を隠し通せるほど、私は強い女じゃないんです。

「課長のことは、信頼しています。でもすみません。やっぱりだめです。ご一緒することはできません……」

 本音を口にすることはできず、手にした買い物袋をギュッと握りしめ、ただ当たり障りのない逃げ口上を何とか絞り出す。

 落ちかけた視線を上げると、真っ直ぐに私に向けられていた少し鋭さを感じさせる黒い瞳が、ふっと優しげに細められるのが見えた。