どうしよう! どうしよう!
みんな泥だらけ! レポートも泥だらけ!
講義の時間も間に合わない!
どうしよう!
半泣きで泥に浸ったレポートを拾い上げ、パタパタと振ったら更に泥まみれになって被害拡大。
おまけに、跳ね飛んだ水しぶきが、白いブラウスにひょうきんな水玉模様を描いている。
たぶん、顔にも跳ね飛んでいるはずだ。
鼻の奥に熱いモノがツンと込み上げ、メガネのレンズに張り付いた茶色いしぶきが、ぶわっと歪んで滲んだ。
ああ、私って……。
「どんくさいヤツ!」
まるで、私の心を読んだかのようなセリフが頭上から振ってきて、私はレポートを掴んだまま『ぴきっ』と固まった。
低音の、甘い声音。
知らない、男の声だ。
「その一。まずは、立ち上がる!」
「え、ええっ!?」
またも、頭上から振ってきた命令口調の大きな声に驚いて、私は『シャキーン!』と立ち上がった。
「その二。落ちたモノを拾う!」
「は、はいっ!」
私の背後に立っているだろう声の主の姿を確認する暇もなく、更にかかった命令に、私は落ちた荷物必死で拾いあつめた。
そして、最後のノートに手を伸ばした時。視界に入ってきたのは、ノートを拾い上げる長い指先を持った大きな手。
その手は、デニム地のシャツに包まれた長い腕へと続き。
その先には、同い年くらいに見える端正な顔立ちをした青年の、少し鋭い感じのする真っ直ぐな瞳があった。