ほんの少し手を伸ばせばたやすく届くほどに、すぐ隣に座る人。

 その体温を痛いくらいに感じながら、タクシーの後部座席の窓から、ゆっくりと流れていく夜の街並みをただぼんやりと見つめていた。

 今日はこのまま直帰だ。

 車は会社に預けて直接タクシーでアパートに帰り、月曜日はバスで通勤する段取りになっている。

 土日に出かける予定もないから、車がなくても別に困るということはない。

 深夜の道路は悲しくなるほど空いていて、ほどなく見慣れたご近所の風景が見え始めた。

――ああ、もう着いてしまう。

 ことここに及んでもまだ課長と一緒に居たいと思う気持ちが、私の中には確かに存在している。

 今更ながらそのことに気付かされ、苦い笑いが口の端を上げた。

 本当、救いようがない――。

 ミジンコどころか、バクテリア並に(すく)いようがない。

 ふと巡らせた視界の隅。

 数十メートルほど先、道路の左側に、闇夜に煌々(こうこう)とオレンジに輝くお馴染みのコンビニの看板が見えて来て、私は運転手さんにその前で止めてくれるように頼んだ。

 何だか、無性に母の作った『サバの味噌煮』で、白いご飯が食べたくなってしまったのだ。

 さすがに、故郷を遠く離れたこの場所ではその願いは叶うべくもない。でも、せめてサバの味噌煮缶でも買って帰ろうと思った。

 缶詰だからとバカにはできない。

『お袋の味』には及ばずとも、旬のサバを使って作られている缶詰はかなり美味しい。

 私の定番の『お家うちごはんのおかず』だ。