触れたいと望んでいたのは、たぶん私の方。

 なのに、触れてしまえば否が応でも気づかされてしまう、変えようがない残酷な現実。

 何もかも捨て去って、溺れてしまえたらどんなに楽だろう。

 でも、どう足掻いたところで、私は私以外の人間にはなれない。

 不器用なのも頑ななのも、全部私と言う人間の変えようがない本質だから。

 その腕の戒めが緩んだ瞬間、私はスルリと抜け出してエレベーターの隅に背を寄せた。

「や……だなぁ、課長ってば、何酔っぱらっているんですか? これってセクハラですよー」

 もう泣き笑いのぐしゃぐしゃな顔で、それでも笑って。

 このキスにどんな意味があるかなんて、考えちゃだめだ。

 これは、ただの酒の席での、偶発的事故みたいなものなんだから。

「梓、俺は……」

 顔を見なくても分かる、きっと苦しそうな表情をしているはずのこの人を、これ以上惑わせたらいけない。

「今日の所は、ビギナーズラックで、大目に見てあげますから。でももうだめですよ。今度やったら、(たぬき)親父に言いつけますからね!」

 広がる闇は深く。

 募るだけの想いは、虚空(こくう)を舞い落ちる季節外れの淡い雪のように、ただ静かに心の深淵(しんえん)に降り積もっていく。

 いつか、この雪も、溶ける日が来るのだろうか。

 それとも……。

 今の私に、答えは見えない――。