タクシーが来る間、酔い覚ましにコーヒーでも飲もうかと言うことになって、代行で帰るという飯島さんとナイトラウンジで分かれ、私と課長は二人で同じフロアにある喫茶コーナーに足を運んだ。
酷く苦く感じるアメリカン・コーヒーをすすりながら、課長も私も、何も言葉は発しなかった。
課長は、昔はともかく会社では必要以上の無駄口を叩くような人じゃないし、私は、とてもじゃないけどおしゃべりをする気にはなれなかった。
たぶん、今何か言葉を発したら、胸の奥で出口を求めてグルグルと渦を巻いているこの感情が堰をきって溢れ出してしまうだろう。
それが、怖かった。
「結局、まともな食事をしそこなってしまったな……」
ふと、思い出したように、課長が自嘲気味な呟きをもらした。
「……はい」
「何か、食べていくか? と言ってもこの時間だから、食べられるものは限られるだろうが」
私は、ただ小さく『否』と、頭を振った。
今日、ここへ来る前の私だったらきっと喜んでお供しただろうけど、今の私にその覇気はない。
「そうか……」
もうすぐ午前零時。
シンデレラの魔法は、すぐに消えてしまう。
どうせ消えてしまうものならば、最初からないほうが良いのだろうか?
それとも、一時でも幸せな夢を見られた方が良いのだろうか?
どちらが、より、幸福の領分に近いのだろう?