東悟。
榊東悟との出会いは、十年前。
私が十八の年、大学に入学して間もなくだった。
地方から都心の大学に入学したばかりの私は、田舎とは違う都会のスピード感に付いていけずにいた。
もともと人見知り傾向で、人になじむのに時間がかかる性分も相まって、時間に追われる生活に疲れ、早くもホームシックになっていたのかもしれない。
そんな中、彼に、榊東悟に出会った。
六月。
早い夏を感じさせる、雨上がりの爽やかな朝。
講義の時間に遅れそうになって慌てていた私は、大学の構内に入ってすぐ、ぬかるみに足を取られて派手にすっころんでしまった。
「っ……た~い!」
目の前に広がるのは、水たまりの中に見事にぶちまけた鞄の中身。
助け船を出してくれる友人も、知り合いさえもまだ誰も居ず。
人波は、冷ややかな視線を向けるだけで、私を避けて通り過ぎていく。
「あ、ああっ! レポート、びしょびしょだぁっ!」
思わず、方言丸出しな尻上がりのイントーネションの言葉が口から飛び出す。
辞書やテキスト、それに、昨日明け方まで掛かって仕上げた今日提出期限のレポートまでまんべんなく、泥の洗礼を受けていた。