ワインは、空きっ腹にとても良く効く。それはもう、効きすぎるくらいにとても良く効く。

 悲しくなるくらいの自分の間抜けさに、もう笑う気力もでない。

 でも、気力を振り絞って笑顔を作り、ワイングラスに手を伸ばす。

 この一杯だけ。

 後は、絶対、是が非でもウーロン茶にさせてもらおう。

「それでは、我々の前途を祝して、乾杯!」

 私の苦境を知るはずもない飯島さんの陽気な乾杯の音頭で、恐る恐るワイングラスを口に運ぶ。

 コクリと一口赤い液体を口に含んだ瞬間、フルーティな軽い甘さがフワリと鼻に抜けていった。

「あ、美味しい……」

 思わず、素直な賛辞の言葉が口をついて出る。

 ワインってあまり得意じゃないけど、これは好きかもしれない。

 飯島さんとは仕事上だけの付き合いで、『清栄建設の陽気な監督さん』と言うイメージしかなかったけど、こうしてお酒の席で腹を割って話してみると、陽気なだけじゃなく底抜けに愉快な人だと分かった。

 好きなお笑いコンビの話や映画の話、果ては建築論まで飛び出し、話題は尽きることがなく。いつのまにか飯島さんのペースに乗せられた私も、『接待』と言う枠を飛び出して、とても楽しいひと時を過ごした。

 飯島さんは、命名するならきっと『 愉快(ゆかい)上戸(じょうご) 』。

 一緒にお酒を飲んで、こんなに楽しい人は初めてだ。

 最初は、課長と飯島さんの話が合うか少し心配だったけど、二人で熱心に建築論を交わしていたから、満更気が合わないわけでもないようだ。

 楽しい時間はあっという間に過ぎて、気付けば時計の針は午後十一時を回ていた。

 もうすぐ、シンデレラの魔法が解ける時間だ。

 こんな楽しい魔法だったら、たまにかかっても良いかな? なんて考えていた時、プルル、と課長のスマートフォンが着信音を上げた。