「課長、私、持ち合わせ二万しかないんですけど、ここってけっこう高そうですよね……」

 飯島さんがトイレに立った隙に、左隣に座る課長にコショコショと耳打ちをする。

「何か、適当に注文しておいて下さい。誘ったのは俺なんで、今日はしっかりおごらせてもらいますからね」

 飯島さんは、そう言い置きして行ったけど、まさか本当におごらせるわけにはいかない。

 かと言って、こちらが全額負担するほど持ち合わせがないのが現状で、最悪は割り勘という形になってしまいそうだ。

 でも、それでは会社のメンツが立たないのじゃないだろうか。そんな心配ばかりが先に立ってしまう。

「金のことは心配するな。ちゃんと狸親父から預かっているから」

 苦笑めいた表情を浮かべる課長の言葉に、驚いて目を丸める。

「え……、だって、いつの間に?」

 社長に呼び出されたときに貰ったのは、ブティックの名詞とパーティの招待状だけだったはず。そこまで考えを巡らせて、『あっ!』っと、思い当たった。

 そう言えば会社を出るとき、課長は『社長に呼び出しをくらって遅くなった』と言っていた。もしかして、あの時?

「会社を出る間際に呼び出されて、軍資金をたんまりと貰ってあるから、心配するな」

 私の思考回路などお見通しのようにそう言うと、課長は胸元をポンポンと軽く叩いた。

「あ、ああ、そうなんですか。それなら良かったぁ」