翌日。僕はゆっくり目覚めることが出来た。
敷いてもらったお布団から起き上がり、畳んでいると、横から声をかけられた。
どうやら、のまどは私よりずっと先に目覚めていたらしい。
のまどの髪は今日も美しくショートボブスタイルを維持している。メガネは赤いセルフレームメガネで、出会ったときのままだ。
「おはよう、柚仁さん」
パソコンの画面と睨めっこしながら、のまどが挨拶してきた。
彼女の手元からは、打キー音が忙しげに聴こえてくる。
「おはよう、のまど。僕が飯つくってこようか? それとも、何か買ってきてほしいものとかあれば、近所のコンビニまで買ってくるけど?」
一瞬だけ、のまどが振り向く。
「ありがと。ごめんね、今ちょっと立て込んでて。ーーアイスティーとガムシロ4個と、ハンバーグ弁当、お願いして良いかしら」
「昨夕からお世話になっているので、恩返しさせてください」
「じゃあ、はい、これで買ってきてください。勿論、柚仁さんの分もその中に含まれていますので、好きなのを買ってくださいね」
「ありがとうございます。行ってきます!」
手渡された4千円をズボンのポケットに入れ、僕は買い物に出た。

言われた分を買い、残ったおつりを全額のまどに返すと、
また「柚仁さんのそういうとこ、本当に好きだなぁ」と言われた。特に気にするでもなく、僕はただただその場をしのいだ。
「待っててね、今レンジしてくるから」
のまどがハンバーグ弁当と、僕の分の朝飯である豚のしょうが焼き弁当を持ってまた部屋を離れていく。
チャンスだと思い、またこっそりスマホで彼女の小説を読みまくる。
今読んでいるのは、異世界ファンタジーで、少年が故郷を離れて王都のパン屋さんで修行を積み、バイトとして働き、新たな仲間と出会い、王都での人間関係を構築していく、ハッピーエンド系の物語だ。
最後の1行を読み終えると同時に、廊下から誰かが来る足音が聞こえてきたので、ニュースアプリを開いた。
「やっぱりね」
部屋に入ってくるなり、のまどが言う。
「また私の小説読んでたでしょ。んで、足音がしたから慌ててニュースアプリを開いて”見てるフリ”をしてたわけね」
ふふっ、と彼女は笑って、僕の分の晩ご飯を手渡してくれた。
「のまどにはかなわないなぁ。いつもいつも」
「お見通しよ、柚仁さんの考えることなんて」
のまどは1度キーボードをパソコンの脇に置いて、ハンバーグ弁当をパソコンの前に置くと、椅子を引いて座った。
椅子に座ると、ゆっくり回転させて、僕と向き合う形になった。
「そういえば、乾杯し忘れたな。するか」
「そうね」
僕とのまどは、缶ビールとアイスティーグラスを高々と持ち上げる。
「じゃあ、私たちの今後の未来を祝福して、乾杯!」
「乾杯」
ーーカチャンッ。
持ち上げたそれらを付け合って、祝福の合図とした。
ちなみに僕も夕凪姉妹も、特に何かの宗教に対して信じているわけではない。
僕はなんとなく、視線をのまどの机の上に向ける。パソコンの両サイドは、小説同人誌らしき物が積み上がっている。
「そこにあるのは既刊の?」
のまどが自分の背後にある物たちを振り向いて答える。
「え? ーーあぁ、これね。そうだよ」
「今書いてるのは?」
「これはね・・・・・・、新刊だよ。でも、詳しい内容は、まだ秘密♪」
おっと。時間が立つのは早いな。
「のまど、僕、そろそろ仕事行かないと」
「あら、じゃあ、また今度会いましょう。昨日今日と、柚仁さんのお顔が見れて嬉しかったわ」
「僕も、のまどの可愛い顔が見れて幸せさ。ーーじゃ、お邪魔しました」
僕は鞄を持って、急いで夕凪家を後にした。