「誰に云っても信じてもらえんだろうから、この話は胸にしまって、墓まで持って行くつもりだった」

僅かに笑うひい婆ちゃんは、やっぱりこのあいだと同じでひとりの女性の顔をしていた。
それほどまで、その人のことを愛していたんだ。

「だから綾乃ちゃんも、海の神様にお願いしんさい。
きっと帰ってくるから」

「ひい婆ちゃん……」

……いまの私と同じような思いをした、ひい婆ちゃんの云うことだったら、本当かもしれない。



私の彼は戦場カメラマンをしている。
普段、ほわほわゆるゆるで本当に大丈夫なんだろうかと心配になるが、カメラを握ったとたんに人が変わる。

知り合ったのは些細なきっかけだった。
そのとき、彼としては珍しく猛アタックされて、折れた。
つきあっていくうちに、優しい顔にも厳しい顔にもどんどん惹かれていった。

仕事柄、心配がないわけじゃない。
でも、彼の写真にかける情熱は強く、そこがまた好きだったから止めることはできなかった。

仕事場が戦場の彼に一つだけ約束させたのは、毎日連絡を入れること。
約束は毎日だが、状況によっては入れられなくて何日か開くこともあり私を不安にさせたが、でも、完全に途切れてしまうことはなかった。

今回の取材に出る前に、プロポーズされた。

「綾乃がいれば帰る場所はここだって安心して戦場に行ける。
だから、結婚して欲しい」

嬉しかった、根無し草のように戦場をふらふら渡り歩いている彼が、帰る場所は私のところだって約束してくれたことが。
彼はダメもとだったようだが、私は二つ返事でOKした。

しばらくは毎日連絡が来ていた。
けれど、一日、二日と開き始め、唐突に途切れた。
しかも、彼が現在いる国で激戦になっているというニュース。
不安で、不安で、人でいると叫び出しそうで、ひい婆ちゃんのお見舞いなど来てみたのだ。



しばらく海に通い続けたある日。
いままで見たことないほど綺麗な夕日が、真っ赤に海を染め上げた。
見上げた浜辺の先、なにかが少しずつこちらに向かってくる。
ざっ、……、ざっ、……、近づいてくる砂浜を歩く足音。

……ああ。
ひい婆ちゃんの云う通りだった。

――ざっ、……、ざっ、……。

ダークブラウンの、チェックのハンチング。
胸に下がっているごついカメラには、私が渡した紫色のお守りが揺れている。
ひび割れた黒縁眼鏡。
あちこち血の滲んだ身体。
引きずられる左足。

「勇人」

名前を呼んだけれど、彼は無言ですれ違っていく。
聞こえなくなった足音におそるおそる振り返ると、そこに彼の姿はなかった。

「……勇人」

あなたはそんなになっても私の元に帰ってきてくれた。

立ち尽くす私に、携帯が着信を告げていた。




【終】