♪side:翔一
最悪の体調のまま会社に来てしまった。なにより、アパートにも帰らずそのまま風俗店に行ってコンビニの前で夜を明かしたと知ったら直哉はなんて言うだろうか。女性を抱けなかったと言って、信じてくれるだろうか。
頭痛を必死に堪えながら机に突っ伏していると、肩を揺らされた。スーツを着ていても直哉の手だと分かる。
その手から渡されたボロボロの紙袋には、俺が昔大事にしていたものとそっくりな手袋が入っていた。紺色に赤の線がデザインされた手袋。長野の寒さに耐えろと言って、航大が俺にくれた手袋。
内心少しだけ「ふざけんな」と思った。昨日の事があって余計に敏感になってしまっていたのかもしれない。それでも、昨日の今日でこんなに俺自身が過去に縛りつけられてるっていう現実を見せつけられている感じがして、嫌だった。笑って誤魔化した。上手く笑えている気はしなかった。
貰った手袋を紙袋ごとカバンに入れて仕事に戻る。書類の作成だったり、次のプロジェクトの予算の試算だったりと、やることは山ほどある。頭痛薬とコンビニのアイスコーヒーをパソコンの横に置いてひたすらキーボードを叩く。昼の休憩までずっとそんな調子だった。
昼の休憩に入って、椅子を回転させて直也の肩をつつく。
「なぁ、直哉」
「ん?なに?」
「どういうつもりだ?あんな柄の手袋なんか」
「俺さ、ちょっと期待しちゃったんだ。俺ならきっとお前のあのとんでもなく重たい過去を塗り替えられるんじゃないかってさ。さっき渡した手袋は、俺からお前の過去への挑戦状みたいなもんだよ」
「なるほどね。俺の過去に対する挑戦状か」
「そう。翔一が過去に縛られてると俺も多分前に進めないからさ」
「どうしてそう言えるんだ?」
「だって、下手したら俺たちがもうあとに戻れない関係になっちまう一歩手前だからだよ。やっと男同士の両思いになれたと思ったら、その相手が過去の恋に未練タラタラだったらさ、嫌じゃん。振り向かせてやろうって、思うじゃん」
「分からなくはないけど、無くした大事な手袋と同じ柄のをいきなり渡されるのはなかなかしんどいぜ」
「そう思われるってのも分かってた。だからこそあの手袋なんだ」
「なんでだよ?」
「お前の一番大切にしてる過去を塗り替えられたんなら、お前の中での一番は俺になるだろ」
そう言われた瞬間、胸が痛くなった。もちろん病的な痛みじゃなくて精神的な痛みだ。どうして俺はこんなにも不器用なんだと、性格を恨んだ。目の前の椅子に座って泣きそうになってる直也の顔を見た瞬間、俺も泣きそうになった。
そこから続かなくなった会話が、二人の沈黙とオフィスの喧騒の底に葬られた。昼休憩の終わりに、俺たちはそれぞれの机でお互いに仕事に戻った。
最悪の体調のまま会社に来てしまった。なにより、アパートにも帰らずそのまま風俗店に行ってコンビニの前で夜を明かしたと知ったら直哉はなんて言うだろうか。女性を抱けなかったと言って、信じてくれるだろうか。
頭痛を必死に堪えながら机に突っ伏していると、肩を揺らされた。スーツを着ていても直哉の手だと分かる。
その手から渡されたボロボロの紙袋には、俺が昔大事にしていたものとそっくりな手袋が入っていた。紺色に赤の線がデザインされた手袋。長野の寒さに耐えろと言って、航大が俺にくれた手袋。
内心少しだけ「ふざけんな」と思った。昨日の事があって余計に敏感になってしまっていたのかもしれない。それでも、昨日の今日でこんなに俺自身が過去に縛りつけられてるっていう現実を見せつけられている感じがして、嫌だった。笑って誤魔化した。上手く笑えている気はしなかった。
貰った手袋を紙袋ごとカバンに入れて仕事に戻る。書類の作成だったり、次のプロジェクトの予算の試算だったりと、やることは山ほどある。頭痛薬とコンビニのアイスコーヒーをパソコンの横に置いてひたすらキーボードを叩く。昼の休憩までずっとそんな調子だった。
昼の休憩に入って、椅子を回転させて直也の肩をつつく。
「なぁ、直哉」
「ん?なに?」
「どういうつもりだ?あんな柄の手袋なんか」
「俺さ、ちょっと期待しちゃったんだ。俺ならきっとお前のあのとんでもなく重たい過去を塗り替えられるんじゃないかってさ。さっき渡した手袋は、俺からお前の過去への挑戦状みたいなもんだよ」
「なるほどね。俺の過去に対する挑戦状か」
「そう。翔一が過去に縛られてると俺も多分前に進めないからさ」
「どうしてそう言えるんだ?」
「だって、下手したら俺たちがもうあとに戻れない関係になっちまう一歩手前だからだよ。やっと男同士の両思いになれたと思ったら、その相手が過去の恋に未練タラタラだったらさ、嫌じゃん。振り向かせてやろうって、思うじゃん」
「分からなくはないけど、無くした大事な手袋と同じ柄のをいきなり渡されるのはなかなかしんどいぜ」
「そう思われるってのも分かってた。だからこそあの手袋なんだ」
「なんでだよ?」
「お前の一番大切にしてる過去を塗り替えられたんなら、お前の中での一番は俺になるだろ」
そう言われた瞬間、胸が痛くなった。もちろん病的な痛みじゃなくて精神的な痛みだ。どうして俺はこんなにも不器用なんだと、性格を恨んだ。目の前の椅子に座って泣きそうになってる直也の顔を見た瞬間、俺も泣きそうになった。
そこから続かなくなった会話が、二人の沈黙とオフィスの喧騒の底に葬られた。昼休憩の終わりに、俺たちはそれぞれの机でお互いに仕事に戻った。