♪side:直哉

いつもと変わらない朝。携帯の目覚ましを解除して、眠気と戦いながらいつも通り仕事へ行く準備をする。残っていた四個入りのクリームパンを三個食べて歯を磨く。髪を整えて、スーツに着替える。もう何年もやっているルーティンワーク。コートを着て部屋を出る。アパートの階段を降りようとした時に忘れ物に気づいて部屋に戻った。昨日、帰り際に駅の近くで買った手袋を鞄に入れてもう一度部屋を出た。いつも通りの通勤。駅までは歩きで、そこから酔いそうなほどの人の波の中で総武線に揺られる。朝から疲れる。
紺に赤いラインが入った手袋が紙袋の中で潰れる。プレゼント用に梱包してもらったはずなのに、シワだらけでボロボロの茶色の紙袋になってしまった。こんなじゃ、ちょっと特別なプレゼントだなんて言えない。
四ツ谷駅から会社までの十数分だけは、いつもより短く感じた。ランダム再生でイヤホンから流れる音楽も、心做しか軽快な気がする。
排気ガスと都会独特の空気で薄汚れたビルのエントランスをくぐる。イヤホンを外してエレベーターに乗った。オフィスのある階のボタンを押して、一緒に乗ってきた事務員の女性に挨拶をする。明るい声で返ってきた挨拶に少し気分が良くなった。
オフィスには、いつも通りのなんとも言えない空気が漂っていた。自分の机にカバンを置いて、後ろの席で突っ伏している翔一の肩を揺らした。
「おい、翔一。なんで朝からそんなしんどそうなんだよ」
「え、あ、おはようございます」
「寝ぼけてんのか。俺だよ、直哉」
「え、あぁ、そっか、すまん」
「クリスマスだってのになんでそんなに気分悪そうなんだよ。ちゃんと寝たのか?」
「いや、それが完徹しちまってな」
「馬鹿かよ、何やってんだよ。俺たちはもうそんなに若くないぞ」
「まぁな、でもとりあえずは落ち着いたから大丈夫だ」
「落ち着いた?何の話だ?」
「色々あったんだよ、ほっとけよ」
「めんどくせえ奴だな、まぁいいよ。とりあえずさ、はいこれ」
「なんだよ?」
通勤途中で潰れてしまった紙袋を翔一に渡した。ゴミが入ってますよとでも言われたら信じてしまいなそうなくらいにみすぼらしい見た目になってしまったが、自分にとってはちょっとだけ特別なプレゼントだ。たとえ翔一の過去を塗り替えることが出来ないとしても、ほんの少しの期待を込めたプレゼントだ。
「は?手袋?」
「そう。この前手袋してなかったの気づいた時からずっと手袋つけてないからさ。気になって」
「ふっ、なんだよ気になったって。お前は俺のおかんかよ」
「手冷えるとそこから体の芯まで冷えるって言ったろ。大人しく今日からそれつけて帰れよ」
少しだけ翔一の口角が上がったように見えた。それだけでこれを選んでよかったと昨日の自分を褒めたくなった。