♪side:翔一
直哉に連れられて来た店のバーテンがいわゆるゲイだった。ジェンダーがどうこういうことに敏感になっている今の時代、ゲイって言葉を使っていいものかかなり悩んだが、心に留めておけばひとまずは大丈夫だろう。
ゲイバーって訳ではなさそうだが、こういった人と出会ったこともなければ話したことも無かったので、本気で調子が狂う。別に知らない人でもそれなりに話せる自信はあったが、思った以上に言葉がスラスラ出てこない。口数が減る代わりに酒を飲むペースが早くなる。朝までここにいるって言うのが冗談なのか本気なのかはさておき、このペースで飲んでいたらどっちにしろ朝が来る前に潰れてしまうのは目に見えて明らかだった。
「翔一さん、二杯目はどうするの?」
「あ……どうしようかな……」
「ウイスキー、日本の銘柄が好きなのよね?」
「そうですね、普段はそれこそブラックニッカとかトリスとか、安いのを飲んでは潰れてみたいな生活ですけど」
「じゃあ普段からあんまり高いお酒は飲まないのね」
「飲んではみたいと思ってるんですけど、一本買うとなると結構高いのでなかなか手が出せずに……」
「そんなに気負わなくても、お店で一杯だけ飲んでみて美味しいって思えたものを買うのもいいものよ」
「確かにそうですね」
「ウイスキー好きなら、スコットランドのやつとかどうかしら。スコッチ・ウイスキーって聞いたことある?」
「あぁ、言葉だけなら」
「ちょっとクセがあるけど、ウイスキー好きなら味とか銘柄だけでも知っておいて損は無いわよ」
「オススメはありますか?」
俺がそう聞くと、後ろの棚に並んでいる無数のボトルの中から四本選んで目の前に並べてくれた。
「あなたから見て右から、ダルモア、アードモア、ラフロイグ、マッカランよ」
「ラフロイグとマッカランは名前だけ知ってます」
「ラフロイグはかなりクセが強いわよ。消毒液の香りがするってよく言われるわ」
「アルコールなんて突き詰めればみんな消毒液みたいなもんですから」
「上手いこと言うわね。ちなみにマッカランはシェリーの香りが強めで、美味しさとかからシングルモルトのロールスロイスとか言われてるらしいわよ」
「とんでもない二つ名が付いてるもんですね」
「私のおすすめはこんなもんかしらね。どれにしてみる?」
「とりあえずそのラフロイグって銘柄で、シングルの水割りでお願いします」
「分かったわ」
慣れた手つきでコルクを外し、氷が入ったグラスにウイスキーを注いでいく。ダイヤモンドのように美しく削られた氷を伝ってグラスの底に溜まっていくウイスキーがとても綺麗に見えた。ピッチャーから注がれた水とウイスキーが、靄がかかっていくように混ざり合う。
「はい、お待たせ」
「ありがとうございます」
目の前に置かれたグラスを持ち上げ、鼻に近付けてみる。なるほど、確かに薬というか、消毒液みたいな匂いがする。病院の外来の待合室みたいな景色が頭の中に浮かんできそうだった。軽く口に含んでみた。
「ラフロイグは本当に苦手な人は苦手らしいんだけど、翔一さんは大丈夫そう?」
「これ、好きかもしれないです」
「そう?良かったわ」
確かに第一印象はガッツリ消毒液の香りがしてやばいかもしれないとは思ったが、口に含んでみるとその香りも特に気にならなかった。普段から飲んでいる安いウイスキーとは確かに違った。さっき注文した響とも別物だった。こういう新しい事を知ると、世界の広さを思い知らされる。
「なぁ直哉、世界って広いんだな」
「何だ急に」
「いや、なんか、俺ってウイスキー好きってよりは安酒好きだったのかもって思ってな」
「あぁ、そういうことか」
「今日初めてウイスキーってものを本当に好きになったのかも知れない」
「大袈裟だな、もう酔ったのか?」
「酔ってねぇよ」
「まぁまぁいいじゃない。私のオススメ、気に入ってくれて嬉しいわ」
「今度このラフロイグっていうの買ってみます」
「それなりに有名な銘柄だから、駅前のリキュールショップとかに置いてるかもしれないわ」
「ありがとうございます。見に行ってみます」
「俺もそろそろ次の注文いい?」
「もちろんいいわよ。何にするの?」
「俺もちょっと強めのお酒飲んでみたい」
「大丈夫?お酒弱かったわよね」
「限界まで薄くもらえたりする?」
「美味しくないかもしれないわよ」
「いいのいいの、酔っ払って潰れちゃうよりマシだから」
「分かったわ。じゃあ何にするの?」
「翔一が選ばなかった方のマッカランってやつで」
「これ薄めてもアルコール度数いつもより高くなるわよ。大丈夫?」
「ゆっくり飲むから大丈夫」
「心配だからハイボールにしとくわね」
「ありがとう」
他に客がいない店内は、微かに流れている音楽と俺達の声以外は何も聞こえない。時折訪れる静寂がなんとなく心地よかった。俺もたまに来てみようかと思えるくらい、雰囲気の良い店だ。
直哉に連れられて来た店のバーテンがいわゆるゲイだった。ジェンダーがどうこういうことに敏感になっている今の時代、ゲイって言葉を使っていいものかかなり悩んだが、心に留めておけばひとまずは大丈夫だろう。
ゲイバーって訳ではなさそうだが、こういった人と出会ったこともなければ話したことも無かったので、本気で調子が狂う。別に知らない人でもそれなりに話せる自信はあったが、思った以上に言葉がスラスラ出てこない。口数が減る代わりに酒を飲むペースが早くなる。朝までここにいるって言うのが冗談なのか本気なのかはさておき、このペースで飲んでいたらどっちにしろ朝が来る前に潰れてしまうのは目に見えて明らかだった。
「翔一さん、二杯目はどうするの?」
「あ……どうしようかな……」
「ウイスキー、日本の銘柄が好きなのよね?」
「そうですね、普段はそれこそブラックニッカとかトリスとか、安いのを飲んでは潰れてみたいな生活ですけど」
「じゃあ普段からあんまり高いお酒は飲まないのね」
「飲んではみたいと思ってるんですけど、一本買うとなると結構高いのでなかなか手が出せずに……」
「そんなに気負わなくても、お店で一杯だけ飲んでみて美味しいって思えたものを買うのもいいものよ」
「確かにそうですね」
「ウイスキー好きなら、スコットランドのやつとかどうかしら。スコッチ・ウイスキーって聞いたことある?」
「あぁ、言葉だけなら」
「ちょっとクセがあるけど、ウイスキー好きなら味とか銘柄だけでも知っておいて損は無いわよ」
「オススメはありますか?」
俺がそう聞くと、後ろの棚に並んでいる無数のボトルの中から四本選んで目の前に並べてくれた。
「あなたから見て右から、ダルモア、アードモア、ラフロイグ、マッカランよ」
「ラフロイグとマッカランは名前だけ知ってます」
「ラフロイグはかなりクセが強いわよ。消毒液の香りがするってよく言われるわ」
「アルコールなんて突き詰めればみんな消毒液みたいなもんですから」
「上手いこと言うわね。ちなみにマッカランはシェリーの香りが強めで、美味しさとかからシングルモルトのロールスロイスとか言われてるらしいわよ」
「とんでもない二つ名が付いてるもんですね」
「私のおすすめはこんなもんかしらね。どれにしてみる?」
「とりあえずそのラフロイグって銘柄で、シングルの水割りでお願いします」
「分かったわ」
慣れた手つきでコルクを外し、氷が入ったグラスにウイスキーを注いでいく。ダイヤモンドのように美しく削られた氷を伝ってグラスの底に溜まっていくウイスキーがとても綺麗に見えた。ピッチャーから注がれた水とウイスキーが、靄がかかっていくように混ざり合う。
「はい、お待たせ」
「ありがとうございます」
目の前に置かれたグラスを持ち上げ、鼻に近付けてみる。なるほど、確かに薬というか、消毒液みたいな匂いがする。病院の外来の待合室みたいな景色が頭の中に浮かんできそうだった。軽く口に含んでみた。
「ラフロイグは本当に苦手な人は苦手らしいんだけど、翔一さんは大丈夫そう?」
「これ、好きかもしれないです」
「そう?良かったわ」
確かに第一印象はガッツリ消毒液の香りがしてやばいかもしれないとは思ったが、口に含んでみるとその香りも特に気にならなかった。普段から飲んでいる安いウイスキーとは確かに違った。さっき注文した響とも別物だった。こういう新しい事を知ると、世界の広さを思い知らされる。
「なぁ直哉、世界って広いんだな」
「何だ急に」
「いや、なんか、俺ってウイスキー好きってよりは安酒好きだったのかもって思ってな」
「あぁ、そういうことか」
「今日初めてウイスキーってものを本当に好きになったのかも知れない」
「大袈裟だな、もう酔ったのか?」
「酔ってねぇよ」
「まぁまぁいいじゃない。私のオススメ、気に入ってくれて嬉しいわ」
「今度このラフロイグっていうの買ってみます」
「それなりに有名な銘柄だから、駅前のリキュールショップとかに置いてるかもしれないわ」
「ありがとうございます。見に行ってみます」
「俺もそろそろ次の注文いい?」
「もちろんいいわよ。何にするの?」
「俺もちょっと強めのお酒飲んでみたい」
「大丈夫?お酒弱かったわよね」
「限界まで薄くもらえたりする?」
「美味しくないかもしれないわよ」
「いいのいいの、酔っ払って潰れちゃうよりマシだから」
「分かったわ。じゃあ何にするの?」
「翔一が選ばなかった方のマッカランってやつで」
「これ薄めてもアルコール度数いつもより高くなるわよ。大丈夫?」
「ゆっくり飲むから大丈夫」
「心配だからハイボールにしとくわね」
「ありがとう」
他に客がいない店内は、微かに流れている音楽と俺達の声以外は何も聞こえない。時折訪れる静寂がなんとなく心地よかった。俺もたまに来てみようかと思えるくらい、雰囲気の良い店だ。