♪side:直哉

相変わらずの人混みの中をかき分けてホームへ向かう。学校帰りの学生やらスーツケースを引くサラリーマンがごった返していて、人波に酔ってしまいそうだ。二分後に到着する山手線にしっかり乗れるかどうか不安になるくらい人が溢れている。乗車率が百五十パーセントを超えるのも頷ける。
二分経って到着した山手線は案の定乗れる状態ではなく、結局次の列車の到着を待つことにした。
その数分後に到着した山手線は上野で降りる人が多かったらしく、ギリギリだったが何とか乗ることが出来た。知らない人達に押しつぶされそうになりながらドアの内側ギリギリに乗り込む。翔一もなんとか乗れたが、横にいた誰かのバッグに腰を殴り飛ばされていた。そんなすしずめ状態のまま十二駅山手線に揺られ続け、ただでさえ疲れていたのに余計に疲労が蓄積されてしまった。
新宿駅で列車から降り、スマホを改札にタッチする。特に寄る店も無くそのまま東口から駅を出た。ビルの隙間から見える空がうっすらとオレンジ色に染まってきて、やっと少し涼しくなってきた。それでも汗は一向に引く気配がない。
新宿アルタ前から紀伊國屋書店を横目にずっとまっすぐ、特に会話も無いまま歩く。正直もうお互いが疲れ果てて会話する元気すら無くなっている。気がする。世界堂を通り過ぎて、新宿二丁目交差点まで辿り着いた。
なんとなく緊張してきた。今更という言葉がピッタリ当てはまりすぎる状況に笑いそうになってしまった。
交差点から先に進まずに少し立ち止まっていると、翔一が痺れを切らした様に話しかけてきた。

「なぁ、ここからあとどれくらい歩くんだ?」
「あ、悪い。あとほんとに少し」
「二分で着けよ」
「七分くらいかな」
「七分なら許容範囲だな。十分とか言おうもんなら一発シバいてた」
「おい勘弁しろよ、すぐ着くから。悪かったって」
「冗談通じねぇやつだな。もうここまで来たら何分歩こうが付き合うよ」
「本当にあと七分くらいだから」
「分かった分かった。早く案内しろよな」

翔一はさっきから黙ったまま、歩かされ続けて怒っているのかと思っていた。でも話しかけられてみれば特にそんなこともなく、いつもの翔一だった。声のトーンが疲れている時のそれだったけど、普通に冗談も言ってきてくれるところを見ると意外と期限はいいのかもしれない。

「そこの路地裏にあるシャンディって店、知ってるか?」
「知らん」
「うわ、グルメの翔一でも知らねぇ店ってあるんだ」
「なんだグルメの翔一って。俺はそんな酒呑みじゃねぇから居酒屋とかバーは詳しくねぇんだよ」
「そういう店に詳しくねぇのは百歩譲って分かるけど、酒呑みじゃねぇってのは聞き捨てならないな」
「別に俺より酒豪はそこらじゅうにいるだろ」
「俺から見たら翔一も十分酒豪だと思うぞ」
「お前が弱すぎるだけだろ」
「それは言わない約束だろ」
「そんな約束した覚えはねぇけどな」

だらだらと会話を続けながら不快指数の高めな道を歩く。少しずつ暗くなってきた路地裏は、心なしかノスタルジックな気持ちを誘ってきていた。あと数メートル先の汚い電柱が立っている角を曲がれば、やっと目的の店に辿り着く。