♪side:翔一

改札があるフロアでエスカレーターを降りた。直哉にビアガーデンでも行かないかと誘われたが、断った。ビアガーデンなんかよりも、直哉が俺と一緒に行きたいと言う場所の方が気になって仕方がなかった。

「なぁ、もうそろそろいい加減教えろよ。俺を連れて行きたい場所ってどこだよ」
「あの……すまん。俺、ちょっと嘘ついてた」
「もしかして連れて行きたい場所なんて無かったってオチ?」
「いや、連れて行きたい場所があるのは本当。でも上野の近くなんかじゃなくてさ」
「あ、一緒に行きたい場所自体はあるんだ」
「それが、ちょっと遠くなんだよね」
「は?遠いの?」
「まぁここから遠いっちゃ遠いかな」
「どこだよ」
「新宿二丁目」

直哉の口から飛び出た地名に心底拍子抜けした。朝から半日ももったいぶって、最後の最後に新宿二丁目だとは思っていなかった。

「え?新宿二丁目なの?」
「本当にすまん。上野の近くって言ったのは、翔一とどっか少し遠くに出かけたかっただけの口実でさ。あわよくば翔一の好きなオススメの店とか教えてもらえないかなって思って……」
「ちょっとかわいいな、お前」
「やめろよ、恥ずかしいだろ」
「で?俺たちはこれから新宿まで戻るわけか」
「悪い」
「悪いも何もどうせ新宿まで帰るんだから変わらんだろ」
「いや、俺が謝ってるのは嘘ついて上野くんだりまで連れてきた件についてなんだけど」
「別に楽しかったし気にしてねぇよ。豚キムチ定食、美味かったみたいだしむしろ良かった。少し疲れたけどな」
「すげぇ美味かった」
「さて、まぁとりあえず新宿まで帰るか」
「切符代出すわ」
「いいよ、馬鹿。気にしてねぇってば。それに切符なんて今の時代買うこと無いだろ」
「そうか……?」
「お前が気にしすぎだって。そんなにへこむなら最初から嘘つくなよ」
「正論すぎて何も言えねぇ」

三台並んだ券売機のうち一台に「故障中」と貼り紙がされているのを横目に、壊れていない二台に並んでそれぞれ交通系電子マネーにチャージをした。別にチャージしなくても新宿までは帰れたのだけれど。
そのまま改札を通ってホームへ向かう。行きと違って、タイミングよく山手線が到着する時間だった。帰りは乗り換え無しで新宿まで行けそうだった。