♪side:直哉

翔一はコミックスのコーナーに一人で向かった。俺は別に興味もない大衆雑誌のコーナーをフラフラ歩きながら、気になる見出しのものを二、三ページめくっては棚に戻してを繰り返していた。色恋沙汰や浮気だとかスキャンダルだとか、芸能人のケツを追い回して何が楽しいのかと思う節はある。でも、興味のある人が一定数いるからこういう雑誌やらビジネスが成り立っているんだとも思う。段々とアダルト系の方面の規制が厳しくなってきて、書店どころかコンビニにすら露骨なアダルト雑誌が消えていく世間。それなのに、芸能人ってだけでプライベートすらも暴露されてしまうのはいかがなものだろうか。
漫画を含む本というものをあまり読んでこなかった自分としては、正直この書店という空間はあまりに場違いな気がした。新刊を立ち読みしている人や専門の参考書を吟味している大学生っぽい人、レジに並んでいる人、そういった人達に「お前なんかが来るところじゃねぇよ」みたいな事を背中で言われている感覚になってしまう。周りにいる人たちは別に俺の事なんか気に求めていないだろうと思うし、店員からすれば、うろついては雑誌を少しだけめくる迷惑な客くらいの感覚だったと思う。迷惑な客というレッテルを勝手に自分で貼り付けてはみたが、本当にそう思われるのが嫌で、隅の方の小説のコーナーに逃げるように向かった。
どっかで聞いた事あるような作者の小説が平台に積まれていた。棚に貼り付けられていたポップには、「鮮烈。新時代のヒューマンドラマ」と書かれていて、絶妙に意味が分からなかった。その意味の分からなさが逆に気になって手に取ってみた。『夢を見た』というタイトルで、帯には有名らしき作家のコメントがびっしり印字されていた。翔一はまだ戻ってくる気配が無く、ひとまず店に溶け込むためにその本を開いてみた。
一ページ目から既に惹かれる内容で、翔一に声をかけられるまで夢中になっていた。

「珍しいことしてんな」
「え?あ、悪い。待たせてたか?」
「いや、俺も立ち読みしててさ。気づいたら一冊終わってたから、やべぇって思ってな」
「十五分くらいしか経ってなくね?漫画一冊読み終わったのかよ」
「漫画一冊ってそんなもんじゃないのか?」
「早くね?」
「早いか?もう一冊読んできていいか?」
「いやそれとこれとは別だろ。迷惑な客って思われるから買って帰れよ」
「ならお前も立ち読みなんかしてないでそれ買って帰れよ?」
「そうだな、どうしようかな」
「自論だけど、本は買って損しないと思うぞ?普段本読まないお前が熱中したってんなら尚更だ。いい出会いだったかも知れねぇぞ」
「まぁ確かにな。実際、続きすげぇ気になってるし……買うか」
「よし、なら俺もこれ買ってくからさっさとレジ行こうぜ」
「立ち読みしてたってやつ買うのか?」
「そうそう。なんかだいぶ前に二巻まで買っててな。六巻まであったんだけど買う気にならなくてな」
「二巻まで?途中で飽きすぎじゃね?」
「いや、飽きたっていうか感情移入しすぎて読むのが辛くなったっていうか……」
「漫画って感情移入できるんだな」
「全国の漫画家に謝れ」
「悪い悪い。で、それはどんなストーリなんだ?」
「BLって知ってるか?」
「知らん」
「ボーイズ、ラブ、の頭文字取ってBLなんだけどな。まぁ要は男同士のあれこれの話だよ」
「なにお前、ついに満たされない欲求がそっちに傾いたの?」
「いや別に欲求不満ってわけじゃねぇけどさ」
「待て、書店の会計待ちのレジの列でする話じゃねぇから後でにしようぜ」

圧倒的に場違いな会話を一旦遮断してそれぞれ会計をした。この作家の本を買うと特典が付いてくるらしい。好きな柄を選んでくれと言われ、選んだ柄の栞が本に挟まれた。紙袋はいらないと断ると、レジ担当の女性は丁寧にブックカバーまでかけてくれた。先に店を出て壁に寄りかかっていると、翔一も漫画が四冊入った紺色のビニール袋を持って出てきた。特に会話もないまま、エスカレーターを乗り継いで下の階に降りる。
少し歩き疲れたし、慣れない場所にいて気疲れもした。正直、今すぐにその辺のビアガーデンかなんかでキンキンに冷えたビールを思い切り飲みたい。