♪side:翔一

四ッ谷と歌舞伎町のアパートを往復する毎日。夜、寝る為に帰るだけの生活に嫌気が差し始めた。同僚の直哉と四ツ谷駅で別れてからアパートまでは一人。一時間もかからない道のりのはずなのに、何故かとても寂しく感じる。東京という都会の整った粗雑さにも、白夜のように明るさを保ち続けるこの街も、何もかもに飽きてきた。
東京に帰ってきて少し落ち着いたと思ったら年ももう終わりに近づいていた。クリスマスソングが流れ始める時期に、俺はついに意を決してピンク色のネオンサインを掲げる店の階段を昇った。
暗い照明で照らされた階段の先に、背後に色んな女の子の写真が貼り付けてあるフロントがあった。スーツを着た無精髭の若い男がどの女の子でどのコースにするか尋ねてきた。自分のタイプな人は絶対にこの中にいないとは分かっていながらも選択必須の条件だけは選択し、案内されるがままに部屋へ通された。メイクはちょっと違ったが選んだ写真と同じ女の子が来て、話を始めた。名前も知らない女の子が目の前で下着姿になっていく。それなのに、歪み腐ってしまった俺の身体も気持ちも昂ることは無かった。それどころか妙に気持ちが悪くなって、いてもたってもいられなかった。女の子がシャワーを浴びている間に、使われなかったベッドに料金より少しだけ多く福沢諭吉の描かれた紙を置いて、部屋から逃げ出した。フロントの男にはその旨を伝えて、店を出た。俺には女性を抱くことはできなかった。
結局また傷ついただけだった。
俺を昂らせることができる人は、きっと三人もいない。
航大と、直哉と。
航大の手が俺の手に触れた時の気持ちが正解か間違いかなんてどうでもよくて、ただ、昂った。そのまま振り向いて少しだけ前に進めたらどんなによかったか。確かめる術はもう無い。この堕落した俺という存在ごと抱き寄せて、包み込んでくれただろうか。なぁ、それだけでいいから教えてくれよ。あの時、俺たちは男同士。そこら辺のカップルよりも深い関係が心地よかった。世間からしたら歪んだ恋だって、分かってた。それでも俺は、俺たちはもう後戻りができないところまで来ちまってたんだって、それも分かってた。なのに、なんだよ。最後のキスはタバコの匂いって。そんなの、なしだろ。
アパートへの道を歩きながら終わった恋を思い返した。溢れ出した涙が止まらない。歩く気力すら無くなって、歌舞伎町二丁目のコンビニの灰皿の横に蹲った。
灰皿に山盛りになった吸殻の中に、ショートホープの箱のゴミを見つけた。どうしてこんな時に。白地に青い弓矢の箱を持つ俺より少し大きい手を思い出す。最後のキスはタバコの匂い。そうだよ。あの時のキスはとんでもなく苦くて切なくて悲しかった。あの一瞬であいつは俺に航大のことを忘れられない呪いをかけた。
嗚咽が収まって、そのままコンビニに入った。コーヒーと一際小さい箱のタバコを二つ買った。馬鹿な事だとは分かっている。それでもそんな小さなものにですら縋っていたかった。シュリンクを剥がして、箱を開けた。茶色いフィルターが十本並んでいる。そのうちの一本を取り出して火をつけた。忘れようと誓い、忘れようと思い続けたあのにおいが肺の奥の奥まで蘇る。もう壊れてしまいそうだった。そのまま、また声を我慢して泣いた。
落ち着いて我に返った。ビルの隙間から見える東の空がぼんやりと青色を帯びてきた。携帯のロック画面の時計は午前五時ちょうどだった。クリスマスイブの夜に風俗店に行って、そのまま街のコンビニで夜を明かすなんてどうかしてる。灯りを失ったネオンを背に、家に帰る気力もなくそのまま会社に向かった。