♪side:翔一
久しぶりに本気で誰かにキスをしたいと思った気がする。本能のまま直哉の唇を自分勝手に奪って、自分勝手に離れる。一瞬にも満たない様な温もりが俺を満たしてくれる。ショートホープの懐かしい匂いが、俺に最後のキスを思い出させる。もう忘れなければならないはずの鮮明すぎる過去を、未だに捨て去れずにいる。俺に思い切り唇を奪われて、耳まで真っ赤になって黙っている人の目の前で過去の事をいつまでも思い出す俺は、最低だと思う。
「翔一、今日はどうすんだ?」
「どうするって……別に予定決めてないだろ。俺もお前も」
「まぁ休みだしな。お前の長話で冷えた身体が温まったらどっか出かけるか?」
「根に持つヤツなんだな。悪かったって」
「いやごめん、冗談で言ったつもりだった」
「まぁ話長かったのは事実だし、それは悪かった。思う存分温まってくれ」
「温まったらさ、お前と行きたい所あるんだよね。今日行かない?」
「は?俺と行きたい所?」
「そうそう、近いんだけどさ」
「どの辺にあるん?」
「上野駅の近くにあるんだけど、昼飯でもどうかなって思ってさ」
「上野?遠くね?」
「乗り換えあっても一回だから近いだろ」
「山手線のほぼ反対側は近いって言えなくねぇか」
「四十分もあれば着くって。行こうぜ」
「別にいいけどよ……」
「乗り気じゃねぇなぁ。二日酔いか傷心か?」
「半々ってとこだな」
「なんだその玉虫色の返事」
「本当に半々って感じなんだって」
「わかったわかった。半々な。わかったからとりあえず準備しろって」
「絶対分かってないだろ」
「今日も寒いから防寒、忘れんなよ」
「話聞けよ。てかもう温まったのかよ」
「手も温まったし、心は誰かのおかげでバッチリ温まったぞ」
「一言多いんだよボケ。ちょっと待ってろ」
朝っぱらから、というかもうほとんど昼間に差し掛かってくる時間帯から同僚に振り回されている。とは言っても、俺も大概だとは思うけど。
部屋の隅に干してあったヒートテック、適当なシャツと紺のニットを着て、色の落ちまくったデニムを履いた。本当に私服にこだわりが無く、休日はほとんどこの格好でいる気がする。
「悪い、待たせた」
「遅せぇよ」
「お前は着替えねぇのかよ」
「着替えが無ぇんだよ。会社からそのまま来てるからな」
「んなヨレヨレのワイシャツでどうすんだバカ。俺の服貸してやるから着替えろよ」
そう言って干しっぱなしの洗濯物がかかっている場所を指さした。
「いいのか?」
「別に、男に男の服貸すくらい」
「俗に言う彼シャツってやつか」
「っとに一言多いな、いいからさっさと着ろよ早くよ」
「わかった。借りるわ」
「そこに掛かってるやつと、下に散らばってるヒートテック関係は全部洗ってあるやつだから適当に選んでいいから」
「あいよ、サンキュ」
直哉はのっそりと立ち上がって干されている服の前に立つ。その中から適当に選んだ服に着替えた。少しだけ見えた素肌は、綺麗だった。
俺の服なのに、こいつが着ると印象が変わる気がする。
「脱いだワイシャツとかは一旦置いてけよ。飯食って帰ってきてから拾ってけよ」
「そうするわ」
寝癖もろくに直さないまま、俺は小さなカバンひとつ、直哉は財布と携帯だけを持って部屋を出た。
新宿駅へ行く途中にあるネオン街は、夜とは様相がかなり違う。昼も夜も人通りが絶えることはほとんど無いが、夜の方が活気に溢れている気がする。それに、夜の方が人間味があると思う。スーツに高そうなコートを着たサラリーマンが歩き回っている昼間より、酔いつぶれた人々や適度に酔っ払った若者が騒いでいる方がこの街らしい。
そんな街を通り抜けて、新宿駅へ向かう。雪は降っていなかったが、歩くには少し寒い。東口を目指していつも通りくだらない会話を広げながら二人で歩く。スターバックスやヨドバシカメラのロゴが見えてきて、すれ違う人達の人数も一気に増えた。新宿駅東口に入り、改札からJR中央線のホームに向かう。七番ホームから中央線快速、東京行きで神田まで行き、神田から京浜東北線、大宮行きの列車で上野に行く。乗り換え無しで行けるならそれがよかったが、俺たちが駅に着いたタイミングでちょうどいいのがそれしか無かった。大人しく山手線を待っていれば直通で上野まで行けたことは、直哉には黙っておく。
久しぶりに本気で誰かにキスをしたいと思った気がする。本能のまま直哉の唇を自分勝手に奪って、自分勝手に離れる。一瞬にも満たない様な温もりが俺を満たしてくれる。ショートホープの懐かしい匂いが、俺に最後のキスを思い出させる。もう忘れなければならないはずの鮮明すぎる過去を、未だに捨て去れずにいる。俺に思い切り唇を奪われて、耳まで真っ赤になって黙っている人の目の前で過去の事をいつまでも思い出す俺は、最低だと思う。
「翔一、今日はどうすんだ?」
「どうするって……別に予定決めてないだろ。俺もお前も」
「まぁ休みだしな。お前の長話で冷えた身体が温まったらどっか出かけるか?」
「根に持つヤツなんだな。悪かったって」
「いやごめん、冗談で言ったつもりだった」
「まぁ話長かったのは事実だし、それは悪かった。思う存分温まってくれ」
「温まったらさ、お前と行きたい所あるんだよね。今日行かない?」
「は?俺と行きたい所?」
「そうそう、近いんだけどさ」
「どの辺にあるん?」
「上野駅の近くにあるんだけど、昼飯でもどうかなって思ってさ」
「上野?遠くね?」
「乗り換えあっても一回だから近いだろ」
「山手線のほぼ反対側は近いって言えなくねぇか」
「四十分もあれば着くって。行こうぜ」
「別にいいけどよ……」
「乗り気じゃねぇなぁ。二日酔いか傷心か?」
「半々ってとこだな」
「なんだその玉虫色の返事」
「本当に半々って感じなんだって」
「わかったわかった。半々な。わかったからとりあえず準備しろって」
「絶対分かってないだろ」
「今日も寒いから防寒、忘れんなよ」
「話聞けよ。てかもう温まったのかよ」
「手も温まったし、心は誰かのおかげでバッチリ温まったぞ」
「一言多いんだよボケ。ちょっと待ってろ」
朝っぱらから、というかもうほとんど昼間に差し掛かってくる時間帯から同僚に振り回されている。とは言っても、俺も大概だとは思うけど。
部屋の隅に干してあったヒートテック、適当なシャツと紺のニットを着て、色の落ちまくったデニムを履いた。本当に私服にこだわりが無く、休日はほとんどこの格好でいる気がする。
「悪い、待たせた」
「遅せぇよ」
「お前は着替えねぇのかよ」
「着替えが無ぇんだよ。会社からそのまま来てるからな」
「んなヨレヨレのワイシャツでどうすんだバカ。俺の服貸してやるから着替えろよ」
そう言って干しっぱなしの洗濯物がかかっている場所を指さした。
「いいのか?」
「別に、男に男の服貸すくらい」
「俗に言う彼シャツってやつか」
「っとに一言多いな、いいからさっさと着ろよ早くよ」
「わかった。借りるわ」
「そこに掛かってるやつと、下に散らばってるヒートテック関係は全部洗ってあるやつだから適当に選んでいいから」
「あいよ、サンキュ」
直哉はのっそりと立ち上がって干されている服の前に立つ。その中から適当に選んだ服に着替えた。少しだけ見えた素肌は、綺麗だった。
俺の服なのに、こいつが着ると印象が変わる気がする。
「脱いだワイシャツとかは一旦置いてけよ。飯食って帰ってきてから拾ってけよ」
「そうするわ」
寝癖もろくに直さないまま、俺は小さなカバンひとつ、直哉は財布と携帯だけを持って部屋を出た。
新宿駅へ行く途中にあるネオン街は、夜とは様相がかなり違う。昼も夜も人通りが絶えることはほとんど無いが、夜の方が活気に溢れている気がする。それに、夜の方が人間味があると思う。スーツに高そうなコートを着たサラリーマンが歩き回っている昼間より、酔いつぶれた人々や適度に酔っ払った若者が騒いでいる方がこの街らしい。
そんな街を通り抜けて、新宿駅へ向かう。雪は降っていなかったが、歩くには少し寒い。東口を目指していつも通りくだらない会話を広げながら二人で歩く。スターバックスやヨドバシカメラのロゴが見えてきて、すれ違う人達の人数も一気に増えた。新宿駅東口に入り、改札からJR中央線のホームに向かう。七番ホームから中央線快速、東京行きで神田まで行き、神田から京浜東北線、大宮行きの列車で上野に行く。乗り換え無しで行けるならそれがよかったが、俺たちが駅に着いたタイミングでちょうどいいのがそれしか無かった。大人しく山手線を待っていれば直通で上野まで行けたことは、直哉には黙っておく。