♪side:直哉

突然背中に触れられた。振り返らないまま「なんだよ」と言ってみたけど、返事は返ってこなかった。このまま動いちゃいけない気がして、少しの間ヒーターの前で俯いてじっとしていた。

「あのさ」

翔一の声が聞こえて、背中に張り付いていた手は離れた。すぐに目の前に座り直した翔一は、いつもと違った顔をしていた。

「ちょっと、なに、どうしたの」
「悪い。少しだけ目瞑っててくれよ」
「え、おい、ちょっと……」
「俺、やっぱ女じゃダメなんだわ」

少し冷えた翔一の右腕が首の後ろに回った。背中に触れていた方の手は、今度は俺の頬に優しく触れた。言われるがまま、思わず目を瞑った。

「ん……」
「……」

触れ合ったお互いの唇は熱かった。もしかしたら、雰囲気に踊らされて熱く感じていただけなのかもしれないけど、熱かった。俺も両腕を翔一の背中に回して、抱き寄せるようにしていた。
それから何分か、濡れた唇を触れ合わせていた。どっかのアダルトビデオにある様な、そんな濃厚なキスだった。さっきの煙草と、少し残った昨日の酒の匂いが混ざり合った。お互いの体温も混ざり合った。そして、俺にキスをしたいと本気で思った翔一がいて、無意識に翔一のことを抱き寄せた俺がいて。この部屋にある事実はそれだけだった。今はその事実だけがあればいいと、そう思った。

「翔一、髭、ちょっと痛てぇよ……」
「お前開口一番の感想それかよ」
「こうでも言わねぇと、なんか頭ん中おかしくなっちまいそうだったんだよ」
「俺は気持ちよかったけど」
「いや、あの、俺も気持ちよかったけどさ……。そうじゃないだろ」
「そうじゃないだろってどういう事だよ?」
「なんて言えばいいんかな、無意識にお前のこと抱きしめてた自分がいてさ、それ気づいた時に……」
「俺の事本気で好きなんだとでも思った?」
「……そうだよ、悪いかよ」
「悪いなんて誰も言ってないだろ、俺もお前のこと今は本気で好きだよ」
「今は、ってなんだよ」
「少し前までは面白い同僚くらいの感覚だったはずなんだけどなぁ。どっかのタイミングで本気で好きだって気づいたんだろうなぁ」
「そっちかよ」
「今は、っていつか嫌いになるかも知れないけどって意味の方だと思ったのかよ」
「うっせぇな、ただの早とちりだろ」
「日本語って難しいよな」

そう言って控えめに笑う翔一の笑顔は、本気で眩しかった。いつもの眠らない街のネオンサインの何倍も、何十倍も眩しかった。