♪side:翔一

朝の冷たい乾いた空気を浴びながら話すには少し長い話だった。話していて分かった。俺と航大の過去は思ったよりも過密だったし、互いが何かを隠して生きていた気がする。

「で、このライターがその時貰ったやつってわけ」
「おい話長ぇよ。寒いだろ」
「いや、悪い。すぐ終わるつもりだったんだけど」
「まぁそんだけ大事で忘れらんねぇ過去ってことなんだろ」
「そういう事なのかも。でも、いつまでも過去を引きずってる訳にはいかないんだろうがな」
「前も言ったろ。別にお前が過去を引きずってようがそれを上書きできるような存在になってやるって」
「手袋くれた時だろ。覚えてるよ。ありがとうな。俺もお前に似合う男にはなれるようにって思ってるよ」
「……っとに、よくもまぁそんな歯の浮くようなセリフを言えるよな。いつもの事だけど」
「その言葉そのままお前に返すわ」
「とりあえず早く部屋戻ろうぜ。低体温症なっちまうぞ」
「そうだな。とりあえず暖まるか」

煙草の匂いをまとったまま部屋に戻った。低く唸っているヒーターの温風が部屋の温度を保っている。外気と室内の温度差が大きく、窓が結露していた。
ヒーターの前に座って手を擦っている直哉の顔は、冷気で少し赤みがかっていて、雪遊びをした後の子どもみたいになっていた。
俺はその後ろにそっと座って、背中に触れた。ひんやりした服の下から、少しずつ直哉の体温が手のひらに伝わってくる。「なんだよ」と聞かれたが別になんでもない。ただ目の前のこの背中に触れてみたかっただけだった。
昨日は直哉のことを男として抱くんだと覚悟を決めたのに、揺らいだ決意がついに消えてしまった。冷静によく考えれば分かるはずだった。俺が欲しかったのは、ただの温もり。肉体的な関係が欲しいと思ったわけでは無かった。だから、今、手のひらから伝わってくるこの温度がどうしようもなく心地よかった。ベッドの上で昂り合う事だけが愛情じゃない。