♪side:翔一
大学の卒業式が無事に終わり、お互いがアパートを出る準備をしていた。それぞれの荷物がダンボールや衣装ケースに詰められ、少しずつ部屋に生活感が無くなっていく。
引越しの数日前になって、アパートの中は少し残った荷物と備え付けの家電だけになった。カーテンが無くなった部屋は、昼もそうだけど、夜もそれなりに眩しかった。月の明かりや街灯の明かりが部屋の中を照らして、昼間とは違った眩しさがあった。
星の瞬きも、月の明かりも、オレンジの街灯も、俺は好きだった。けど、ネオンサインだけは好きになれなかった。あんな人工的に作られた彩りよりも、星空の方が綺麗じゃないかと思ってしまう。別にどうでもいいことだけれど。
そんな日の夜、久しぶりに航大に誘われて一緒に買い物に出た。買い物とは言っても、近くのコンビニに煙草とかを買いに行くだけの話。航大は煙草と缶のチューハイとかを買っている。俺もいつものセブンスターの四ミリとビールとつまみを少し買った。
支払いを終え、店の外の灰皿の横で煙草に火をつけた。いつも思うが、長野県の冬は、吐く息が他の所よりもいっそう白い気がする。航大は先に店を出て煙草を吸っていた。ほとんど根元まで吸われてフィルターだけになったショートホープを灰皿に捨てた航大が口を開いた。
「あのさ、なぁ、翔一」
「んだよ」
「知ってるか?最後のキスってタバコのフレーバーがするんだぜ」
「は?あ、でもなんかそんなフレーズどっかで聞いたことある気がする」
「どこでもいいだろ、そんなの」
「んっ……」
「やっぱり、苦くて切ない香りだな」
「どういうことだよ」
「そういう事。じゃあまたな」
「待てよ」
「じゃあ、な」
そう言って背を向けて歩き出した航大は振り返らなかった。伸び切った灰が落ちるのにも気づかずに、俺はずっとそこで佇んでいた。灰皿に少しだけ雪が積もっていた。
もう長いことあいつの唇の柔らかさなんてものに触れてこなかったのに、しっかりと覚えていた自分が嫌いだ。あの頃はお互い違う煙草を吸っていた。だからさっき、ちょっとだけ変わった気がしたあいつのにおいに身体が火照った。温もりが欲しかった。
二本目のタバコをもみ消して、灰皿に捨てた。
ちらつき始めた雪の中に足を踏み出して、アパートへ向かう。もう全てを投げ出して新宿に帰ろうと思った。
大学の卒業式が無事に終わり、お互いがアパートを出る準備をしていた。それぞれの荷物がダンボールや衣装ケースに詰められ、少しずつ部屋に生活感が無くなっていく。
引越しの数日前になって、アパートの中は少し残った荷物と備え付けの家電だけになった。カーテンが無くなった部屋は、昼もそうだけど、夜もそれなりに眩しかった。月の明かりや街灯の明かりが部屋の中を照らして、昼間とは違った眩しさがあった。
星の瞬きも、月の明かりも、オレンジの街灯も、俺は好きだった。けど、ネオンサインだけは好きになれなかった。あんな人工的に作られた彩りよりも、星空の方が綺麗じゃないかと思ってしまう。別にどうでもいいことだけれど。
そんな日の夜、久しぶりに航大に誘われて一緒に買い物に出た。買い物とは言っても、近くのコンビニに煙草とかを買いに行くだけの話。航大は煙草と缶のチューハイとかを買っている。俺もいつものセブンスターの四ミリとビールとつまみを少し買った。
支払いを終え、店の外の灰皿の横で煙草に火をつけた。いつも思うが、長野県の冬は、吐く息が他の所よりもいっそう白い気がする。航大は先に店を出て煙草を吸っていた。ほとんど根元まで吸われてフィルターだけになったショートホープを灰皿に捨てた航大が口を開いた。
「あのさ、なぁ、翔一」
「んだよ」
「知ってるか?最後のキスってタバコのフレーバーがするんだぜ」
「は?あ、でもなんかそんなフレーズどっかで聞いたことある気がする」
「どこでもいいだろ、そんなの」
「んっ……」
「やっぱり、苦くて切ない香りだな」
「どういうことだよ」
「そういう事。じゃあまたな」
「待てよ」
「じゃあ、な」
そう言って背を向けて歩き出した航大は振り返らなかった。伸び切った灰が落ちるのにも気づかずに、俺はずっとそこで佇んでいた。灰皿に少しだけ雪が積もっていた。
もう長いことあいつの唇の柔らかさなんてものに触れてこなかったのに、しっかりと覚えていた自分が嫌いだ。あの頃はお互い違う煙草を吸っていた。だからさっき、ちょっとだけ変わった気がしたあいつのにおいに身体が火照った。温もりが欲しかった。
二本目のタバコをもみ消して、灰皿に捨てた。
ちらつき始めた雪の中に足を踏み出して、アパートへ向かう。もう全てを投げ出して新宿に帰ろうと思った。