♪side:航大

まさか久しぶりに読まれる自分のハガキがこれだとは本当に夢にも思っていなかった。よりにもよって翔一が隣でめちゃくちゃ真剣にそれを聞いていた。俺はなんとか動揺を悟られないように、放送局に送られる事の無いハガキを無心で書きまくっていた。どうでもいい番組のどうでもいい企画に、面白くもなんともない文章を書き綴っては新しいハガキを手を出す。もはや宛名すら書いていないが、俯いたままラジオを聞いている翔一にはバレないだろうと決めつけ、ハガキの裏だけを描き続けた。
俺のハガキが終わり、コメントもしっかりと付いた。今となっては後の祭りだ。どうせ読まれないだろうから本音を全てさらけ出してしまえとか思いながら勢いで投稿してしまったことを本気で後悔した。大学の友人と同居してて、そいつの事が男として好きで、なんて恥ずかしいにも程があるし、ともすればバレるかも知れない。もしこの想いが翔一に知られてしまったら、俺はどうするんだろうか。きっとドン引きされるだろうしアパートからも出ていってしまうんだろうな、なんて思ってしまう。そんな事を考えながらペンを動かし続けていると、俯いていた翔一がいきなり頭を上げて話しかけてきた。

「航大、長野県長野市ってさ」
「え、あ、なに?」
「あ、書いてるところごめん。長野県長野市からのハガキが二枚連発で読まれるって凄くね?この番組って確かハガキの募集全国区じゃなかったか?」
「まぁなんか、偶然だろうな」
「今読まれたさ、ある女の子との関係が最後になった日がどうのこうのって書いて送った人ってこの街にいるってことだよな」
「まぁ、そうだよな……」
「え?テンション低くない?どうかした?」
「すまん、ちょっと集中しすぎてて頭が回らなくて」
「集中してるのに頭が回らないってなに」

俺の精一杯の言い訳にツッコミを入れながら、翔一は笑った。その笑顔を見た瞬間、やっぱり俺は翔一の事が本気で男として好きなんだと実感した。もう誰になんと言われようがどうでもよかった。でも、翔一にだけはこの事を言えない気がしている。だいぶ昔、好きな人に告白しようと思いながらなかなか決心がつかないみたいな、そんな気持ちになっていた。フラれたらどうしようとか、そんなくだらない気持ちで頭の中がいっぱいだった。

「いや、なんかさ、同性愛って正直知らない世界の話だったから、すげぇ面白かったと思う」
「翔一は今の話でどの辺が面白いと思ったん?」
「あぁ、恋愛対象が男だって気づく瞬間っての?そういうのってどんな瞬間なんだろうってちょっと気になってな」
「心理学とかの話になってくるのか、ジェンダー論とかの話になってくるのか……」
「その講義取っとけばよかったな」
「キャンパス遠いからやめとけって」

気の利いた相槌すらまともに打てず、ハガキの裏に書いている文も日本語かどうかすら怪しくなってきた。いてもたってもいられず、エンディングの挨拶が終わってコマーシャルに移るタイミングでラジオを消した。
二人の間に沈黙が流れるのはよくある事だったが、いつもとは比較にならない程気まずかった。ペンの音と、時折外を走る車の音が聞こえるだけの部屋。うんざりするくらい無機質だった。