♪side:翔一
アパートに着いて、部屋に戻った。航大も午後は講義を入れてない曜日なので、珍しくこの時間から部屋に二人が揃う。
「あれ?講義は?」
「教授が来れなくなって休講だってさ」
「すげぇ無駄足だったじゃん」
「それ教授の張り紙見た瞬間に思ったわ。無駄足だった」
「ビートルズ、聴いてくれたか?」
「もう何回も聴いてるよ。盤が擦り切れるんじゃねぇかってくらい」
「大袈裟かよ。レコードみたいな言い方して」
「航大は?今日は何してたん?」
「さっき帰ってきてラジオ聞きながらハガキ書いたりとか、講義の課題とか。本当にいつもやってる事しかしてないかな」
「今ラジオって面白い番組やってるのか?」
「お、ラジオに興味出てきたか?」
「質問に質問で返すなよ……別に興味出てきた訳じゃないけど、そんな毎日毎日よくも聞く事があるよなぁって思って」
「それも言い換えりゃ興味あるって事だぜ」
「屁理屈かよ。いいから、教えろよ」
「今なぁ、面白いって言うか、すげぇくだらない番組ならちょうど放送してたけど」
「どんなの?」
「なんか、メインのメンバーがちょいちょい女性のゲストにエロい話振ったりする様なやつ」
「なんだそれ」
「な、くだらないだろ」
「誰が聞くんだよそんなやつ」
「それがこういうの好きな人が多いんだよなぁ。じゃなきゃ何年も続かないだろ」
「ビートルズの方が綺麗だよな」
「ビートルズと比べんなって」
「すまん」
「すげぇだろ、ラジオって」
「あぁ、まぁ、話してる人の顔が見えんから、聞いてるだけで想像力とか豊かになりそうだしな」
「そういう見方かよ。もっとこう、なんか、無いのか?」
「とりあえずその語彙力何とかしろよ。文系だろ」
「ラジオの魅力とかさ」
「そういうのは航大が一番よく分かるんじゃないのか?」
「魅力なぁ……どうだろ。知らん奴の日常とか、子どもに聞かせられない様な下ネタとか、めちゃくちゃ真面目な時事ネタとか、そういうのが全部混ざってエンターテインメントになってるっていうことかな。放送局だけじゃなくて、聞いてるリスナーと一緒に作り上げてるっていうか」
「なんだ、分かってるんじゃん。俺もラジオの魅力って聞かれたらそう答えると思うぞ。あんましっかり聞いたことないけど」
「そうか?なんか嬉しいな。そう言われると」
「なんだ気持ち悪い」
「……」
いきなり会話が途切れ、少しばつが悪くなった。テーブルを挟んで、二人の間に沈黙が横たわった。
メールも不在着信も来ていない携帯電話を開いてメールチェックをするフリをして、そのまま台所に煙草を吸いに行く。
アパートを出る時にテーブルに置き去りにした読みかけの小説も持って来た。椅子に座って煙草をふかしながら古本屋で買った小説の続きを読み始めた。大して人気は無く、カバーも少し破れかけていて、誰も買わないような小説を百円で買ってきては読む。びっくりするくらいつまらなくて、読むのをやめてしまった作品もあれば、百円で買えて得をしたと思うほど面白い小説と出会えることもある。街中とか駄菓子屋の軒先にあるガシャポンみたいな感覚で本を選ぶ。たまに当たりに出会えればいいと思っている。
航大のいる部屋からは、まだしっかりとノイズ混じりのラジオの音が聞こえてきている。今週のこの時間はなんの番組だったか。もちろん覚えていない。全く小説に集中できなくて、結局煙草二本分しかページが進まなかった。こんなペースでは、この小説の事件が解決するのに二ヶ月くらいかかってしまう。
本を閉じて、部屋に戻る。航大はまたハガキにペンを走らせている。よくもまぁ飽きないもんだと思ったけど、俺にも続けている趣味はあるので同じ事だと思った。ハガキを書きながら、航大が話しかけてきた。
「なんかさ、いいよな、こういうの」
「こういうのってなんの事だよ」
「今のラジオ聞いてたか?」
「いや、何も聞いてなかった。てか台所にいたの知ってるだろ」
「今な、俺がよく聞いてるいつもの恋愛相談のコーナーがある番組始まるんだけど、その予告聞いててさ」
「いつものって言われても俺はよく分からんぞ」
「なんか、そこそこテンションの高いおっさんが毎週若い女のパーソナリティとひたすら恋愛相談のハガキとか読んだりする様な番組」
「つまらなそう」
「普段は馬鹿みたいにつまらないんだけどな、今日のは予告聞く限りだと興味深かったぞ」
「へぇ、どんな内容?」
「これからちょうど放送されるからよかったら聞いてみろよ」
「CM終わったらすぐ?」
「そう」
「あれ?そういえば、それって金曜の夜にやってるやつじゃなかったか?」
「あぁ、これ週に二回放送されてて、金曜の夜と火曜の昼間に放送されてんだよ。パーソナリティの二人が違うだけで、内容は同じ」
「そうなん。ラジオって割りと自由なんだな」
「よく覚えてたな……あ、始まるぞ」
航大が恋愛相談のコーナーとか聞いてるところが全く想像できなかった。女の気配すらほとんど無いような奴なのに、そういうのは興味あるのかと心の中でツッコミを入れる。
求人情報のコマーシャルが終わり、音楽が変わる。その番組はすぐに始まった。
「初めましてのリスナーの方も、毎週聞いてくださってるリスナーの方も、こんにちは。今日も武田の恋愛相談、始まりました。お相手は私、武田京助と」「雪村佳織がお送り致します」
パーソナリティが二人いて、まぁまぁテンションの高いおっさんとノリノリの若い女の人という事だけが分かって、名前は二人とも聞いた事がない。いかにもつまらなそうな番組だと思ったが、航大が興味を持つ恋愛相談ってどんなもんなんだと少し期待をしている。
「いやぁ、雪村さん。今回も大量のハガキが届いていますね」
「本当、リスナーの皆様に感謝です」
「それでは早速、今週のテーマを発表しましょう」
「なんですか?」
「なんだと思いますか?」
「学生の皆さんの恋愛相談とか……ですか?」
「それが違うんですよね、もっと珍しい恋愛のです」
「どういうテーマなんですか?」
「今回は……なんと、同性愛についての恋愛相談です」
聞いた瞬間に、「あぁ、マジか」と思った。俺の送ったハガキが読まれるとしたら今日のこの放送だと確信して、どうか読まれませんようにと軽く祈った。
アパートに着いて、部屋に戻った。航大も午後は講義を入れてない曜日なので、珍しくこの時間から部屋に二人が揃う。
「あれ?講義は?」
「教授が来れなくなって休講だってさ」
「すげぇ無駄足だったじゃん」
「それ教授の張り紙見た瞬間に思ったわ。無駄足だった」
「ビートルズ、聴いてくれたか?」
「もう何回も聴いてるよ。盤が擦り切れるんじゃねぇかってくらい」
「大袈裟かよ。レコードみたいな言い方して」
「航大は?今日は何してたん?」
「さっき帰ってきてラジオ聞きながらハガキ書いたりとか、講義の課題とか。本当にいつもやってる事しかしてないかな」
「今ラジオって面白い番組やってるのか?」
「お、ラジオに興味出てきたか?」
「質問に質問で返すなよ……別に興味出てきた訳じゃないけど、そんな毎日毎日よくも聞く事があるよなぁって思って」
「それも言い換えりゃ興味あるって事だぜ」
「屁理屈かよ。いいから、教えろよ」
「今なぁ、面白いって言うか、すげぇくだらない番組ならちょうど放送してたけど」
「どんなの?」
「なんか、メインのメンバーがちょいちょい女性のゲストにエロい話振ったりする様なやつ」
「なんだそれ」
「な、くだらないだろ」
「誰が聞くんだよそんなやつ」
「それがこういうの好きな人が多いんだよなぁ。じゃなきゃ何年も続かないだろ」
「ビートルズの方が綺麗だよな」
「ビートルズと比べんなって」
「すまん」
「すげぇだろ、ラジオって」
「あぁ、まぁ、話してる人の顔が見えんから、聞いてるだけで想像力とか豊かになりそうだしな」
「そういう見方かよ。もっとこう、なんか、無いのか?」
「とりあえずその語彙力何とかしろよ。文系だろ」
「ラジオの魅力とかさ」
「そういうのは航大が一番よく分かるんじゃないのか?」
「魅力なぁ……どうだろ。知らん奴の日常とか、子どもに聞かせられない様な下ネタとか、めちゃくちゃ真面目な時事ネタとか、そういうのが全部混ざってエンターテインメントになってるっていうことかな。放送局だけじゃなくて、聞いてるリスナーと一緒に作り上げてるっていうか」
「なんだ、分かってるんじゃん。俺もラジオの魅力って聞かれたらそう答えると思うぞ。あんましっかり聞いたことないけど」
「そうか?なんか嬉しいな。そう言われると」
「なんだ気持ち悪い」
「……」
いきなり会話が途切れ、少しばつが悪くなった。テーブルを挟んで、二人の間に沈黙が横たわった。
メールも不在着信も来ていない携帯電話を開いてメールチェックをするフリをして、そのまま台所に煙草を吸いに行く。
アパートを出る時にテーブルに置き去りにした読みかけの小説も持って来た。椅子に座って煙草をふかしながら古本屋で買った小説の続きを読み始めた。大して人気は無く、カバーも少し破れかけていて、誰も買わないような小説を百円で買ってきては読む。びっくりするくらいつまらなくて、読むのをやめてしまった作品もあれば、百円で買えて得をしたと思うほど面白い小説と出会えることもある。街中とか駄菓子屋の軒先にあるガシャポンみたいな感覚で本を選ぶ。たまに当たりに出会えればいいと思っている。
航大のいる部屋からは、まだしっかりとノイズ混じりのラジオの音が聞こえてきている。今週のこの時間はなんの番組だったか。もちろん覚えていない。全く小説に集中できなくて、結局煙草二本分しかページが進まなかった。こんなペースでは、この小説の事件が解決するのに二ヶ月くらいかかってしまう。
本を閉じて、部屋に戻る。航大はまたハガキにペンを走らせている。よくもまぁ飽きないもんだと思ったけど、俺にも続けている趣味はあるので同じ事だと思った。ハガキを書きながら、航大が話しかけてきた。
「なんかさ、いいよな、こういうの」
「こういうのってなんの事だよ」
「今のラジオ聞いてたか?」
「いや、何も聞いてなかった。てか台所にいたの知ってるだろ」
「今な、俺がよく聞いてるいつもの恋愛相談のコーナーがある番組始まるんだけど、その予告聞いててさ」
「いつものって言われても俺はよく分からんぞ」
「なんか、そこそこテンションの高いおっさんが毎週若い女のパーソナリティとひたすら恋愛相談のハガキとか読んだりする様な番組」
「つまらなそう」
「普段は馬鹿みたいにつまらないんだけどな、今日のは予告聞く限りだと興味深かったぞ」
「へぇ、どんな内容?」
「これからちょうど放送されるからよかったら聞いてみろよ」
「CM終わったらすぐ?」
「そう」
「あれ?そういえば、それって金曜の夜にやってるやつじゃなかったか?」
「あぁ、これ週に二回放送されてて、金曜の夜と火曜の昼間に放送されてんだよ。パーソナリティの二人が違うだけで、内容は同じ」
「そうなん。ラジオって割りと自由なんだな」
「よく覚えてたな……あ、始まるぞ」
航大が恋愛相談のコーナーとか聞いてるところが全く想像できなかった。女の気配すらほとんど無いような奴なのに、そういうのは興味あるのかと心の中でツッコミを入れる。
求人情報のコマーシャルが終わり、音楽が変わる。その番組はすぐに始まった。
「初めましてのリスナーの方も、毎週聞いてくださってるリスナーの方も、こんにちは。今日も武田の恋愛相談、始まりました。お相手は私、武田京助と」「雪村佳織がお送り致します」
パーソナリティが二人いて、まぁまぁテンションの高いおっさんとノリノリの若い女の人という事だけが分かって、名前は二人とも聞いた事がない。いかにもつまらなそうな番組だと思ったが、航大が興味を持つ恋愛相談ってどんなもんなんだと少し期待をしている。
「いやぁ、雪村さん。今回も大量のハガキが届いていますね」
「本当、リスナーの皆様に感謝です」
「それでは早速、今週のテーマを発表しましょう」
「なんですか?」
「なんだと思いますか?」
「学生の皆さんの恋愛相談とか……ですか?」
「それが違うんですよね、もっと珍しい恋愛のです」
「どういうテーマなんですか?」
「今回は……なんと、同性愛についての恋愛相談です」
聞いた瞬間に、「あぁ、マジか」と思った。俺の送ったハガキが読まれるとしたら今日のこの放送だと確信して、どうか読まれませんようにと軽く祈った。