♪side:航大

翔一にCDをプレゼントして、あれから何日か経った。あの日から今日までに使った時間のほとんどが大学とバイト先とアパートの往復で、つまらない数日間だった。朝も早い時間から講義があったりして、なんで午前一発目の科目なんて履修登録してしまったんだと前期初めの自分を恨んだりした。
夏の暑さは一向におさまらないくせに、夕方になるとどこか遠くで蜩が鳴き始めたりしている。蜩の鳴き声は嫌いではないけど、まだ早いんじゃないのか。とか思ってしまう程に気温が高い。
今日も文学史Aの講義を受けるためにいつもの講堂に向かったが、教授が大学に来れないので休講になると書いた紙が扉に貼り出されていた。今日受ける予定の講義は文学史Aだけだったので、完全に無駄足になった。せっかくアパートを出たのに、このまま帰るのもなんだか嫌だった。とりあえず、近くに停めた自転車を回収して街を走り回ってみることにした。
平日の昼間だからか、駅周辺を歩いている人はまばらだった。オリンピックの時期に合わせて長野新幹線が近々開業するらしいが、こんな街に人が来るのかと心配になったりした。別に俺なんかが心配する様な事じゃないのは分かっていた。
駅周辺から末広町通りへ向かって、長野セントラルホテルの横を通る。ちょっと先の交差点の角にあったコンビニが、いつの間にか閉店して抜け殻になっていた。自転車を止めてその場所を少し見つめた。白いレンガ調の壁と青地に白い文字の看板を残して、何かを待っているような、そんな佇まいだった。
毎日知らない誰かが知らない誰かとすれ違って、自然と人が集まっていた場所も、いつしか無くなってしまう。そんな様なことを地理学かなにかの講義で聞いた事があったが、これがそうなんだと初めて実感した。
いつか訪れる未来で、そこにある長野セントラルホテルとか、俺が通っている大学なんかも無くなってしまうことがあるのかもしれない。そう思うと、なんとなく寂しく感じてしまう。
買いたいものも無く、寄りたい店も無かったので、このまま帰ることにした。駅の東口近くにある煙草屋で、ショートホープを一箱とセブンスターを二箱買い、アパートに帰る。汗で背中に張り付いたシャツを早く着替えたくて、ペダルを踏むスピードを早くした。