♪side:航大

部屋に戻ると、翔一はまだ寝ていた。一度も起きた形跡は無い。
とりあえず買ってきたCDをテーブルに置いて、炊いておいた白米とカップの味噌汁とスーパーで買ってきた適当な冷凍食品で夕食を済ませた。
明日はちゃんと講義に出ようと心に決めてシャワーを浴びる。肌にへばりついた汗が流れていって、昼間起きた時より爽快な気分になった。干しっぱなしのTシャツと短パンに着替え、翔一の寝ている部屋に戻る。まだ起きない翔一の対面に座ってラジオをつけた。
ちょうど番組と番組の間のコマーシャルが流れていた。全く興味の無い商品や心底どうでもいい企画の宣伝が、次の番組が始まるまでエンドレスで流れている。コマーシャルが終わり、次の番組が始まった。今日のこの時間は確か落語だったか。落語ってものは寄席に実際に行って観るから楽しめるものだと思っている。だからこの時間のラジオはほとんど聞いてこなかった。翔一が起きるまでは暇なので、仕方なく聞いてみることにした。
出囃子みたいな音楽が流れて、知らない名前の落語家が自己紹介を始めた。
「春落亭喜助と申します。今日はね、私の誕生日でございまして、ありがたいことに皆さんにお祝いしていただいたりなんかしちゃったんですよ。プレゼントに一等いい扇子なんか頂いてね。でも、何がいちばん嬉しかったかって、ケーキを頂いたことなんですよね。久しぶりにあんなに美味しいケーキを食べましたねぇ。まぁ前起きはこの辺にして、今日の演目の紹介に入りましょう。ケーキといえば蝋燭、蝋燭と言えば、死神ですね」
いや、ケーキに蝋燭は分かるけどそこから死神に繋げるのは無理あるんじゃないかと思った。何もおめでたい日にそんな暗い話選ばなくてもいいんじゃないかと。
しばらくラジオをつけたまま放置していると、翔一がのっそりと起き上がった。
「目、覚めた?」
「おかげさまでな。悪い、すげぇ寝てたわ」
「いや別に、全然いい」
「もう飯食ったりした?」
「あぁ、さっき帰ってきてすぐ食べた」
「さっき帰ってきて?また出かけてたのか?」
「なんかちょっと、いてもたってもいられなくなってさ」
「なんだよそれ、ドラマかよ。航大もそんな時あるのかよ」
「たまにだけど、なんか外出たくなる時あるんだよな」
「なんだそれとか言ったけど少し分かる気がする。めっちゃ晴れた休みの日とかな」
「あ、そんな感じ」
「で、なに?買い物でも行ってきたん?」
「お、よく聞いてくれたな。実はこれ探しに行ってきてな」
俺はそう言いながらテーブルの上の袋を指さした。不思議そうな顔で翔一は袋を開ける。
「あー、さっき話してた」
「そうなんだよ、まさかこの街で見つかるとは思わんかった」
「しかも新品かよ。もう骨董品のレベルじゃねぇのか」
「そうかもな。大事にしてくれよ」
「え?これ俺に?」
「そのつもりで買ってきた」
「まじか、ありがとう」
「ビートルズ、気に入ってくれると嬉しいよ」
「また聴いてみるよ」
「とりあえず飯とか食っとけよ」
「あー、そうするかな。ありがとな」

CDの入った袋を持ってダルそうに部屋を出ていく直也。寝起きのせいか、いつもより重い足音がフローリングを軋ませる。台所から電子レンジの音が聞こえ初めて、一週間に一回くらいは食べる冷凍チャーハンのにおいが漂ってきた。ラジオから『死神』の落ちのセリフ「あぁ……消える……」と一言だけ聞こえ、バタ、とその場に倒れる音がした。それきり少しの間ラジオは静かになった。俺もその場にパタッと倒れ込み、少し目を閉じた。