♪side:航大

あのハガキを投函したからと言って、別段なにか特別な物語が始まる訳でもない。読まれなければ放送局のどこかの部屋に押し込まれるだけで終わりだし、読まれてたとしても、多分誰も気にもとめないと思う。ただの自己満足だ。
アパートの近くのスーパーで飲み物と食料を買って帰りの道をまた歩く。
スーパーの近くに建っていた空き家が明日から取り壊しの工事に入るらしい。長野駅も近々改装されるらしいと風の噂で聞いた。常々思うが、「時代は回る」とはよく言ったもんだ。
たかがアパートからスーパーまでの一往復でTシャツの全体が湿るくらいに汗をかいた。昨日は風呂に入らなければシャワーも浴びずに寝落ちてしまったので、自分の不潔さがとても気持ち悪かった。帰ってから一度シャワーを浴びようと思った。
炎天下の中、汗をかきながらいつものカバンより重たい荷物を持って歩くのは正直言って疲れる。三十度超えの気温にジリジリと炙られるアスファルトに、買ったものを一旦置いて肩を回した。袋の中からジンジャーエールのペットボトルを一本取りだし、半分くらい一気に飲む。少しぬるくなっていてあんまり清涼感を感じられなかった。
ジンジャーエールが二百五十ミリリットル分くらい軽くなったビニール袋をまた持ち、歩く。
アパートまであと角を三つ曲がれば着くというところで、後ろから声をかけられた。毎日聞いている声だった。
「航大?」
「あ? あ、誰かと思った」
「いい加減俺の声くらい覚えろって」
「悪い悪い、出会い頭に悪いんだけど翔一のカバンにこれ少し入らねぇ?」
「入らねぇよ」
「入れてくれよ」
「なんでこの量を一人でこの距離持って帰れると思ったんだよ」
「いや、なんか、いけるかなって」
「実は馬鹿?」
「昔から馬鹿かな」
「昔からかは知らんけど、大学で知り合ったから少なくともこの数年は馬鹿な奴だってことは知ってる」
「くだらねぇ」
「待て、くだらねぇって事ねぇだろうよ」
「このクソ暑い中にこんな木陰にもならない場所で止まって不毛な会話してるのがめちゃくちゃくだらねぇからもう歩きながら話そうぜ」
「荷物は自分で持てよ」
「あ、そこは持ってくれねぇんだ」
「誰が持つか」
「翔一の分のコーラとかも入ってんだけどなぁ」
「少し持つわ。結露してねぇやつだけな」
「さすが親友」
「まぁ、どうせもう着くんだけどな」
「やっぱ持たんでいいわ」
「持つって言ってんのに」
「もうすぐだし大丈夫だ。てか、午後の講義は?」
「一日丸ごとサボるやつに午後の講義はサボったこと咎められる理由は無ぇな」
「サボったんじゃねぇか」
「いいだろ別に、ダルかったんだよ」
「あ、おいアパートの鍵開けてくれ」
「あいよ」

アパートに戻り、とりあえず冷房をつけた。俺は買ってきたものを然るべきところに片付けた。翔一はカバンをおろして雑誌を開きながらダルそうにしていた。翔一が持つにしては珍しいジャンルの雑誌だった。