♪side:航大 ハガキの裏

俺の恋愛対象は男なのかもしれない。ある女の子との関係が最後になった日、俺はもう女の子を抱くことは出来ないと思った。それが恋愛対象が男であるというはっきりとした理由かどうかは分からないし、女の子が抱けないから男が好きだという理論が成り立つ訳でもない。その上で男が好きなのかもしれないと言う理由は、今一緒に住んでいる大学の友人が男で、そいつの事を男として好きなのかも知れないと思い始めてきたからだ。世間からはどうせ変な目で見られると思うから、周りには相談せずハガキにして送るという方法で気持ちを消化させようかと思い、今回ハガキを送ってみました。

思った文章を書きたいだけ書いて、ボールペンを置いた。そのうちどこかに行くついでに出しに行けばいいかと思っていたが、なんとなくこのハガキはすぐに出そうと思い立った。
寝間着代わりのTシャツを脱ぎ捨て、白い無地のポロシャツとジーパンに着替える。書いたハガキと財布と携帯だけをカバンに放り込んで部屋を出る。
相変わらずこのクソ暑い中外を歩くのは気が滅入るが、どうせ人は自然に勝てないのだから仕方ない。
そういえば文化人類学かなんかの講義で教授がこんなような事を話していた。自然というものに逆らおうとして滅びた文明がかつて存在した。四季の流れに沿って生きてきた人間にとって、今更そんなものに立ち向かおうという方がおかしい。先人たちは暑いからという理由で服を一枚脱ぎ、クーラーというものを発明したし、寒いからという理由で着るものを一枚増やし、ストーブというものを発明した。人類というものはそうやって自然という強大なものとある程度折り合いをつけながら、また、自然というものに生かされて、ここまで繁栄してきたのだ。と。
確かにそうだと俺も思う。俺たち人間は自然の中で勝手に生きている動物の一種なんだと。
なんてことを考えている間にアパートの近くのポストに着いた。頭の中には存外壮大なテーマが駆け巡っていたが、俺が相手にしようとしてるのは自然なんてそんな大きなものじゃない。好きになる対象がどうとかいう一人の人間の中で収まるくらいの小さな話だ。
錆びて朱色の塗装が少し剥げたポストにハガキを押し込む。カタン、と銀色の蓋が閉じた。抱え込んでいた大きな大きな荷物が少しだけ軽くなった気がした。四トントラックに堆く積まれた砂利が少しこぼれた程度の、たったそれだけの話だけど、それでも少しだけ、気持ちが軽くなった。