♪side:翔一
人通りの多い長野駅周辺。脳が溶けそうなほど暑いのにスーツを着て歩いているサラリーマンを見ると、自分も将来こうなるのかと余計なことを考えてしまう。やりたいと心から思える職業も特に無いし、八十年あるかわからない自分の人生をやりがいも感じない仕事をしながら一カ月約十二万円で売るなんて馬鹿らしすぎると思ってしまう。 アルバイトの人ですら週二で休みがあったりして月に十二万円以上稼いでいる人がいるらしい。実際、大学に通いながらどこにでもあるハンバーガーチェーンで週に四日バイトしていて、それで八万円ほど稼げているのだから、なんとなく就職をしたいとも思わなくなってしまった。他の同級生やゼミのメンバー達は、どうやって就職へのモチベーションを保っているのだろうか。
メンタルがどんどん悪い方向に傾きそうになってきて、考えるのをやめた。考えるよりも先に足が動いて、近くのビルの中にある書店へ向かった。
大きな自動ドアが開く。その瞬間に冷たい空気が流れ出してきて、気持ちよかった。二階にある書店に行くために、エスカレーターに乗った。一階は女子高生の笑い声やらカップルの話し声やらで賑わっていたが、書店の中はやはり静かだった。本棚を物色する人の足音と、聴こえるか聴こえないかくらいの音量で流れているオシャレな音楽だけが耳に残る。
エスカレーターを降りてすぐの棚には、本を読まない俺でも名前だけは知っている有名な作家の新刊が平積みされていた。「この物語に、日本中が涙する」なんて使い古されたどこにでもある様な売り文句がポップに書かれて売り出されていた。興味が湧くことも無く、その棚をスルーしてそのまま奥の漫画のコーナーへ向かった。欲しい漫画があるわけでもなかったけど、現実から逃げるためには物語の中が一番いいと思った。
少年漫画のコーナーの棚には、麦わら帽子を被った海賊の漫画がこれでもかと山積みになっていた。熱いバトル漫画はたいして好きではない。結局いつも青年漫画のコーナーに来てしまう。
毎回見かけるタイトルに毎回見かける背表紙がいつもの所に並んでいる。ずっと売れ残っている漫画の三巻だけが無くなっていたりして、これを読む物好きもいるものなんだなあと思う。自分なら手を出さないと思っていたはずのいかにもつまらなそうな第三巻が売れた理由が気になって、二冊横にあった第一巻を手に取ってみる。
『べつにいい』と、何がべつにいいのか分からないタイトルからして、もう既に読む気は起きなかったが、好奇心には勝てなかった。
一ページ目から読み始めて、気づけば最後の作者のコメントまで読んでしまっていた。
確かに面白かったと思う。面白かったが、この作品の主人公が今の自分と重なりすぎて少し気持ち悪かった。本来なら女性向けの漫画のコーナーに並んでいそうな内容の作品だったが、連載している雑誌が王道の青年誌だから青年漫画コーナーにあっても違和感は無い。
一息ついてから、その漫画の一巻と二巻を持ってレジへ向かった。レジへ向かう途中で、さっきのコンビニで見たビートルズ特集の雑誌がコーナーの片隅に鎮座していた。表面にホコリをかぶっていて、明らかに売れ残っていた。これも何かの縁かと思い、ホコリをかぶっていない下の段の物を漫画と一緒にレジへ持って行った。
さっきのコンビニの店員とは違い、メイクと髪がバッチリ決まっていて商売用の笑顔が美しい店員が対応してくれた。会計を済ませ、紺色の紙袋に三冊まとめて入れてもらって、俺はエスカレーターで一階に向かった。
正直タイトルと表紙からは、男同士の恋愛モノの漫画だと気づけなかったが、どうにもこの漫画の主人公と自分が重なりすぎて、否が応でも興味が湧いた。棚の前で開くまでは読む気が全く起きなかったが、今はもう早く帰って続きを読みたいと思ってしまう。
ビルを出て、外の自販機で水を一本買ってアパートへと向かった。
人通りの多い長野駅周辺。脳が溶けそうなほど暑いのにスーツを着て歩いているサラリーマンを見ると、自分も将来こうなるのかと余計なことを考えてしまう。やりたいと心から思える職業も特に無いし、八十年あるかわからない自分の人生をやりがいも感じない仕事をしながら一カ月約十二万円で売るなんて馬鹿らしすぎると思ってしまう。 アルバイトの人ですら週二で休みがあったりして月に十二万円以上稼いでいる人がいるらしい。実際、大学に通いながらどこにでもあるハンバーガーチェーンで週に四日バイトしていて、それで八万円ほど稼げているのだから、なんとなく就職をしたいとも思わなくなってしまった。他の同級生やゼミのメンバー達は、どうやって就職へのモチベーションを保っているのだろうか。
メンタルがどんどん悪い方向に傾きそうになってきて、考えるのをやめた。考えるよりも先に足が動いて、近くのビルの中にある書店へ向かった。
大きな自動ドアが開く。その瞬間に冷たい空気が流れ出してきて、気持ちよかった。二階にある書店に行くために、エスカレーターに乗った。一階は女子高生の笑い声やらカップルの話し声やらで賑わっていたが、書店の中はやはり静かだった。本棚を物色する人の足音と、聴こえるか聴こえないかくらいの音量で流れているオシャレな音楽だけが耳に残る。
エスカレーターを降りてすぐの棚には、本を読まない俺でも名前だけは知っている有名な作家の新刊が平積みされていた。「この物語に、日本中が涙する」なんて使い古されたどこにでもある様な売り文句がポップに書かれて売り出されていた。興味が湧くことも無く、その棚をスルーしてそのまま奥の漫画のコーナーへ向かった。欲しい漫画があるわけでもなかったけど、現実から逃げるためには物語の中が一番いいと思った。
少年漫画のコーナーの棚には、麦わら帽子を被った海賊の漫画がこれでもかと山積みになっていた。熱いバトル漫画はたいして好きではない。結局いつも青年漫画のコーナーに来てしまう。
毎回見かけるタイトルに毎回見かける背表紙がいつもの所に並んでいる。ずっと売れ残っている漫画の三巻だけが無くなっていたりして、これを読む物好きもいるものなんだなあと思う。自分なら手を出さないと思っていたはずのいかにもつまらなそうな第三巻が売れた理由が気になって、二冊横にあった第一巻を手に取ってみる。
『べつにいい』と、何がべつにいいのか分からないタイトルからして、もう既に読む気は起きなかったが、好奇心には勝てなかった。
一ページ目から読み始めて、気づけば最後の作者のコメントまで読んでしまっていた。
確かに面白かったと思う。面白かったが、この作品の主人公が今の自分と重なりすぎて少し気持ち悪かった。本来なら女性向けの漫画のコーナーに並んでいそうな内容の作品だったが、連載している雑誌が王道の青年誌だから青年漫画コーナーにあっても違和感は無い。
一息ついてから、その漫画の一巻と二巻を持ってレジへ向かった。レジへ向かう途中で、さっきのコンビニで見たビートルズ特集の雑誌がコーナーの片隅に鎮座していた。表面にホコリをかぶっていて、明らかに売れ残っていた。これも何かの縁かと思い、ホコリをかぶっていない下の段の物を漫画と一緒にレジへ持って行った。
さっきのコンビニの店員とは違い、メイクと髪がバッチリ決まっていて商売用の笑顔が美しい店員が対応してくれた。会計を済ませ、紺色の紙袋に三冊まとめて入れてもらって、俺はエスカレーターで一階に向かった。
正直タイトルと表紙からは、男同士の恋愛モノの漫画だと気づけなかったが、どうにもこの漫画の主人公と自分が重なりすぎて、否が応でも興味が湧いた。棚の前で開くまでは読む気が全く起きなかったが、今はもう早く帰って続きを読みたいと思ってしまう。
ビルを出て、外の自販機で水を一本買ってアパートへと向かった。