♪side:翔一

午後の講義はサボった。これからの人生で使うつもりのない分野の講義をサボって不可を取ったところで、別に痛くも痒くもない。駅前のコンビニの前を通ろうとした時、突然イヤホンから音楽が流れなくなった。またポータブルCDプレイヤーの電池が切れた。仕方なくイヤホンを耳から外してCDプレイヤーと一緒にカバンに放り込んだ。
朝あれだけ不快感と動揺で家を出たのに、もうそんな感情は消え去っていた。
茹だるような夏の暑さから逃げるように入る予定のなかったコンビニに寄る。クーラーの効いた店内は、とても涼しく心地よかった。
用事はなかったはずだったが、なんとなく吸い寄せられるように雑誌コーナーの前で立ち止まった。特に購読している雑誌も無いが、一冊だけ気になったものを手に取った。音楽雑誌の特別号らしく、表紙全体をビートルズの写真が飾っている。もう何年も前に解散したのに未だに雑誌の表紙を飾れるのは素直にすごいと思いながら、その雑誌を手に取った。ビートルズの曲の中で知っているのは『レット・イット・ビー』と『ヒア・カムズ・ザ・サン』だけだったけど、この横断歩道を渡っている写真は見たことがあった。
表紙に写っている彼らを見ていると、いつまでも色褪せない何かがじんわりと色褪せていくような、心に染みる悲しさと虚しさを感じた。
「さようなら、ビートルズ」と、そう言えないまま歳をとって、大人と呼ばれる様な年齢にまでなった。消えたはずの大人への憧れみたいなものが線香みたいにぼんやりと燃え始める。風前の灯火になってしまった想いは、焚き火のように燃え上がることはきっと無いと思った。火のついた煙草の灰みたいになってぽろっと落ちて、それで終わりなんだ。
汗が全て乾くくらい、その雑誌を持っていた。横断歩道を等間隔で渡るビートルズは、今にも歩き出しそうでは無かったけど、不思議と躍動感がある感じがした。どうでも良かった。
複雑な気持ちになって、その雑誌を元の棚に戻した。自動ドアが開く音、耳馴染みのある入店音、店員の気だるげな「いらっしゃいませ」の声。全部が耳障りに感じた。飲み物でも買って帰ろうと思い、ドリンクの棚からコーラを一本取ってレジに置いた。髪がボサボサで小柄な女性店員が俺の前に立ち、「いらっしゃいませ」と言う。コーラを掴み、バーコードを読み込んで金額を伝えてくる。財布から二百円を出し、トレーに置く。店員は雑な手つきで二百円を回収し、お釣りとレシートを俺の手に置いた。愛想笑いも何も無く、申し訳程度の「ありがとうございました」を言うと、すぐにレジの前を離れていった。俺も何も言わず、缶を掴んで店を出た。
たかが二十分くらい前の暑さを忘れていた。太陽光と地面からの照り返しで、また一気に汗が吹き出てきた。Tシャツの袖で汗を拭って、缶のプルタブを開ける。冷えた強い炭酸が火照る身体に染みる。風呂上がりの生ビールと同じくらい美味い。缶の中身を一気に飲み干して、コンビニの脇のゴミ箱に放り込む。また歩き出す。