♪side:翔一
喉が渇いて目が覚めた。暑さと半袖に染み込んだ汗が不快だった。夏の日の長さが時間の感覚を狂わせる。梅雨の結露で少しカビが生えたカーテンの隙間から、強い日差しと紫外線が差し込んできていた。頭の少し上でずっと喋り続けていたラジオの電源を切る。起き上がろうとして、体制を変えた。テーブルを挟んで正面に寝落ちている航大の脚を軽く蹴飛ばしてしまったが、起きる気配が無いことに少し安心した。
重い身体を無理やり叩き起こし、散らかっている部屋を出て散らかっている台所の冷蔵庫を開けた。ビールやら缶チューハイやらアルコールばかりの中に、缶のコーラを見つけた。プルタブを開けた。プシュ、とビールを開けた時のような音に親近感が湧いた。コーラなんて最近飲んでいなかったなぁ、と思いながら一気に飲む。強い炭酸と懐かしい味が口を抜けて喉を通っていく。小さめの缶を飲み干して、テーブルに置く。そのまま部屋に戻る。
寝ている航大を起こさないように、そっと俺が寝ていた場所にまた座り込む。特段やることも無い。いや、もちろん大学には行かなければならないが、それはもう面倒だった。講義の出席日数はまだ全科目足りてるはずだからという理由で今日はもう大学に行くのをやめにした。
窓を少し開けて、ズボンのポケットから潰れたショートホープの箱を取り出す。一本取り出して咥える。テーブルに乗ってたライターで火をつける。迷惑メールしか来ないメールをチェックしながら吸う。ものの三分程で吸い終わり、フィルターギリギリまで灰にした煙草を灰皿に押し付ける。部屋の外の灰皿もテーブルの上の灰皿も煙草だらけになって、それを見る度に自分たちがどれだけ堕落した生活をしているのか気付かされる。テーブルの上に至っては、灰皿に山盛りの吸殻どころかビールやストロングチューハイの缶が転がっていたりする。それなりの大学に通っていて、ちゃんとバイトもしてて、それでもこんな生活になってしまう。我ながら、馬鹿だと思う。
ノイズ混じりのザラついた声で話し続けていたラジオを切ってから、無駄に部屋が静かになった。時折、航大の寝返りをする音が聞こえる。まだしばらく起きなさそうだった。
静かな部屋に一人、暇なままだと本当に時間は一向に進まない。さっき時計を見た時から、三十分と経っていなかった。今日の講義の出席を諦めて無理やり休日にしたのはいいが、暇すぎてもそれはそれでつまらない。眠気はコーラと煙草ですっかり覚めた。今日出席するはずだった応用数理学と位相空間論の講義の教科書をカバンから取り出す。応用数理学の教科書に挟んだハガキの事をすっかり忘れていた。昨日の今日でこんなとんでもなく恥ずかしい内容を書いたハガキを忘れるなんて、やはり酒は怖い。そのハガキは読み返しもせずに、教科書の間に戻した。
寝返りを打った航大が言った寝言に俺は勝手に驚いた。
「七海……ごめんな……」
たった一言、はっきりと航大はそう言った。動揺しながら、七海って誰だよ。と、そう思った。航大に彼女がいるなんて聞いたことがなかったし、いるわけもないと思っていた。でも、普通に考えれば誰に彼女がいたってその人の自由だし、俺がどうこう言えるわけでもない。それなのに。
もやもやが募る。ただでさえ狭くて脆い心の中に一気に暗雲が立ち込める。 そうか、航大って彼女いたんだな。自分でも驚くほどあっさりと諦めがついた。諦めがついたというか、諦めたことにした。
その日の講義の話だとか、ラジオのネタだとか、そんなくだらない話はうだうだとするくせに、自分の中の大事なことは絶対に言わないのが航大って分かってたから、そうやって諦めがついた事にできたのかもしれない。
やっぱり今日は講義に出ようと決めて、さっき出した教科書と参考書をもう一度鞄に戻した。テーブルの上に「大学行ってくる」と一言だけ書き残して部屋を出た。
大学に向かう途中のポストに、少し折れ目がついてしまった自分の心からの本音を投函して、また歩く。お盆前の暑さがジリジリと全身を炙っている。汗が吹き出して、シャツが背中に張り付く。午後にはもっと暑くなりそうだった。不快さと動揺を堪えながら、大学の正門を通る。
喉が渇いて目が覚めた。暑さと半袖に染み込んだ汗が不快だった。夏の日の長さが時間の感覚を狂わせる。梅雨の結露で少しカビが生えたカーテンの隙間から、強い日差しと紫外線が差し込んできていた。頭の少し上でずっと喋り続けていたラジオの電源を切る。起き上がろうとして、体制を変えた。テーブルを挟んで正面に寝落ちている航大の脚を軽く蹴飛ばしてしまったが、起きる気配が無いことに少し安心した。
重い身体を無理やり叩き起こし、散らかっている部屋を出て散らかっている台所の冷蔵庫を開けた。ビールやら缶チューハイやらアルコールばかりの中に、缶のコーラを見つけた。プルタブを開けた。プシュ、とビールを開けた時のような音に親近感が湧いた。コーラなんて最近飲んでいなかったなぁ、と思いながら一気に飲む。強い炭酸と懐かしい味が口を抜けて喉を通っていく。小さめの缶を飲み干して、テーブルに置く。そのまま部屋に戻る。
寝ている航大を起こさないように、そっと俺が寝ていた場所にまた座り込む。特段やることも無い。いや、もちろん大学には行かなければならないが、それはもう面倒だった。講義の出席日数はまだ全科目足りてるはずだからという理由で今日はもう大学に行くのをやめにした。
窓を少し開けて、ズボンのポケットから潰れたショートホープの箱を取り出す。一本取り出して咥える。テーブルに乗ってたライターで火をつける。迷惑メールしか来ないメールをチェックしながら吸う。ものの三分程で吸い終わり、フィルターギリギリまで灰にした煙草を灰皿に押し付ける。部屋の外の灰皿もテーブルの上の灰皿も煙草だらけになって、それを見る度に自分たちがどれだけ堕落した生活をしているのか気付かされる。テーブルの上に至っては、灰皿に山盛りの吸殻どころかビールやストロングチューハイの缶が転がっていたりする。それなりの大学に通っていて、ちゃんとバイトもしてて、それでもこんな生活になってしまう。我ながら、馬鹿だと思う。
ノイズ混じりのザラついた声で話し続けていたラジオを切ってから、無駄に部屋が静かになった。時折、航大の寝返りをする音が聞こえる。まだしばらく起きなさそうだった。
静かな部屋に一人、暇なままだと本当に時間は一向に進まない。さっき時計を見た時から、三十分と経っていなかった。今日の講義の出席を諦めて無理やり休日にしたのはいいが、暇すぎてもそれはそれでつまらない。眠気はコーラと煙草ですっかり覚めた。今日出席するはずだった応用数理学と位相空間論の講義の教科書をカバンから取り出す。応用数理学の教科書に挟んだハガキの事をすっかり忘れていた。昨日の今日でこんなとんでもなく恥ずかしい内容を書いたハガキを忘れるなんて、やはり酒は怖い。そのハガキは読み返しもせずに、教科書の間に戻した。
寝返りを打った航大が言った寝言に俺は勝手に驚いた。
「七海……ごめんな……」
たった一言、はっきりと航大はそう言った。動揺しながら、七海って誰だよ。と、そう思った。航大に彼女がいるなんて聞いたことがなかったし、いるわけもないと思っていた。でも、普通に考えれば誰に彼女がいたってその人の自由だし、俺がどうこう言えるわけでもない。それなのに。
もやもやが募る。ただでさえ狭くて脆い心の中に一気に暗雲が立ち込める。 そうか、航大って彼女いたんだな。自分でも驚くほどあっさりと諦めがついた。諦めがついたというか、諦めたことにした。
その日の講義の話だとか、ラジオのネタだとか、そんなくだらない話はうだうだとするくせに、自分の中の大事なことは絶対に言わないのが航大って分かってたから、そうやって諦めがついた事にできたのかもしれない。
やっぱり今日は講義に出ようと決めて、さっき出した教科書と参考書をもう一度鞄に戻した。テーブルの上に「大学行ってくる」と一言だけ書き残して部屋を出た。
大学に向かう途中のポストに、少し折れ目がついてしまった自分の心からの本音を投函して、また歩く。お盆前の暑さがジリジリと全身を炙っている。汗が吹き出して、シャツが背中に張り付く。午後にはもっと暑くなりそうだった。不快さと動揺を堪えながら、大学の正門を通る。