♪side:直哉

ショートホープをもらった。翔一が俺にセブンスターをくれないのには理由があるんだろうか。
「なぁ翔一さ」
「ん?」
「火も貸してくれるとありがたいな」
「本当にすまん、忘れてた。ほい」
「ってお前、これ」
「あぁ、昨日見つけたんだよ。まだ使えてびっくりした」
渡されたのはいつも翔一が使っている百円ライターじゃなくて、銀色のジッポーライターだった。親指で蓋を押し開ける。カキン、と金属の擦れる音がする。表面に細かい傷が沢山付いていて、ウィックも黒く焦げ付いていた。もうずっと長く使ってるんだろう。いつから使ってるんだろう。
「あのさ、これってもう長く使ってんの?」
「いやぁ、たしかに長いけど使ってた期間はそんなに長くないと思う」
「なんだそれ、忘れ形見かよ」
「そういう言葉を当てはめるのが正しいのかも知れんなぁ」
「悪い、余計なこと聞いた。朝からしんみりしたくねぇや」
「別に死んだ奴のものとかじゃねぇよ」
「分かってるよ。だからこれ以上深く聞けねぇんだよ。虚しくなるって分かってるから」
「あぁ、なるほどね、そういう事な」
「分かれよ」
「それな、貰ったやつなんだわ」
「馬鹿かよ。今の話聞いてたのか?」
「聞いてたけど、話しといた方がいいと思ってなぁ。少し長くなるけど、今日は休みだしいいよな」
あぁ、また一つ覚悟を決めなきゃならない時が来た。昔の話を淡々と話そうとするこいつの隣で、俺の心拍数だけが上がっていく。
「俺の話聞けよな」
「多分まだ俺が長野にいた頃……」
「おいちょっと待てって」
「待ってどうすんだよ」
「……」
「俺が適当なタイミングで話してると思うのかよ。俺が過去と向き合おうとしてる隣で、お前だけ逃げるなんてそんなことさせないぜ」
「……そうだよな」
「そうだよ。お前、あれだけ俺が過去を塗り替えてやるとか言ってたくせに、こういう時ばっかり逃げようとするのかよ」
「確かに、筋は通せてなかったかな」
「そういう事。言い出したのがお前なら言い出したなりの筋を通せよ。今のお前、少しだけかっこ悪いよ」
「……ごめん」
声が震えていく。手袋なんて渡して、見栄を張ったつもりだった行為が自分の首を少しずつ絞めていく。自分の行動が、弱い自分にとどめを刺すのかもしれない。少しは強くなれたかと思っていたのは、勘違いだったみたいだ。
借りたライターで火をつけた。煙草の先が小さく燃えて、煙が上がる。ひとくち吸い込んで肺に入れる。タール十四ミリは、俺にとってだいぶキツいものだった。それでも、翔一と同じ煙草を吸うことで、どこか覚悟が決まったような気持ちになった。もうひとくち煙を吸い込んで吐く。今ならなんでも聞ける。そんな気がした。