♪side:翔一
きっと、これから直哉を男として抱くことになるということを、俺は知っていた。あの時の傷を、少しだけでもショートホープのにおいが埋めてくれることを期待してしまった。でも違った。でも、なぁ、航大。俺はお前のタバコの残り香とお前の温もりが忘れられなかっただけなんだ。ごめんな、航大。ごめんな、直哉。表面だけは温かく見えるように取り繕っていても、自分だけが知っている。そうだよ。二人の間で揺れ動いている気持ちは永久凍土みたいに冷えきっているんだ。「お前ならいい」と言っておきながら、本質は「お前でもいい」だった。俺は最低だった。身体はもう大人なのに。いつまでも頭の中では「この人がいないとダメだ」とか子供みたいなことを考えてしまう。
大人になるのなんて、もっと簡単だと昔は思ってた。ピアスを開けたりだとか煙草を吸ったり酒を飲んだり、風俗だのなんだのに行って好きでもないような人とセックスでもして性欲を満たしたり。そんな事で大人になれるもんだろうと思ってた。でも、実際にそう思ってた時期から十年以上年を重ねて、それが間違いだったことに気づいた。やっぱり俺はほんの少し、いや、とんでもなく馬鹿だ。
ベランダの戸が開く音がした。直哉の気配とショートホープの匂いが俺を包んだ。少しだけ傷がひりついた。
「お待たせ」
「あいよ」
「何シケたツラしてんだよ」
「いや、別になんでもねぇよ。ちょっとグラス持ってくるわ」
「そういうことにしといてやるよ。さぁ飲もうぜ」
「そういうことにしといてくれると助かる。あ、氷少し溶けちまってる」
「まぁ別にいいだろ、どうせ溶けるもんなんだし」
「そうだけどさ……」
少し埃が積もった食器棚からグラスを二つ持ってテーブルにつく。手掴みで氷を二、三個放り込んでウイスキーを注ぐ。透明な氷が半分琥珀色に染まる。
「え?おい馬鹿、俺はウイスキーなんか飲めねぇって」
「まぁいいじゃねぇか、こんな日くらい。どうせ明日休みなんだしさ」
「普段アルコール三パーセントとか五パーセントの酒飲んでる奴にいきなり四十度の酒なんか飲ませんなよ……」
「大丈夫大丈夫、死にゃしないって」
「その理論は分かるんだけどな」
「なら飲もうぜ。炭酸で割ってもいいし、コーラで割っても美味いぞ」
「分かった分かった、一杯だけだからな」
「お、ありがと。やっぱ付き合いいいね」
「付き合わせたんだろうが」
こんな日々がずっと続けばいいと思った。大切に思う人と嘘偽りのない笑顔で談笑しながら時間を過ごせたらどんなにいいか。決して学生時代、普通に異性に恋をしていた時みたいにキラキラなものではない。でもいつか、もしかしたら色褪せてセピア色になってしまうとしても、俺はこの日々、今日をずっと忘れない。
きっと、これから直哉を男として抱くことになるということを、俺は知っていた。あの時の傷を、少しだけでもショートホープのにおいが埋めてくれることを期待してしまった。でも違った。でも、なぁ、航大。俺はお前のタバコの残り香とお前の温もりが忘れられなかっただけなんだ。ごめんな、航大。ごめんな、直哉。表面だけは温かく見えるように取り繕っていても、自分だけが知っている。そうだよ。二人の間で揺れ動いている気持ちは永久凍土みたいに冷えきっているんだ。「お前ならいい」と言っておきながら、本質は「お前でもいい」だった。俺は最低だった。身体はもう大人なのに。いつまでも頭の中では「この人がいないとダメだ」とか子供みたいなことを考えてしまう。
大人になるのなんて、もっと簡単だと昔は思ってた。ピアスを開けたりだとか煙草を吸ったり酒を飲んだり、風俗だのなんだのに行って好きでもないような人とセックスでもして性欲を満たしたり。そんな事で大人になれるもんだろうと思ってた。でも、実際にそう思ってた時期から十年以上年を重ねて、それが間違いだったことに気づいた。やっぱり俺はほんの少し、いや、とんでもなく馬鹿だ。
ベランダの戸が開く音がした。直哉の気配とショートホープの匂いが俺を包んだ。少しだけ傷がひりついた。
「お待たせ」
「あいよ」
「何シケたツラしてんだよ」
「いや、別になんでもねぇよ。ちょっとグラス持ってくるわ」
「そういうことにしといてやるよ。さぁ飲もうぜ」
「そういうことにしといてくれると助かる。あ、氷少し溶けちまってる」
「まぁ別にいいだろ、どうせ溶けるもんなんだし」
「そうだけどさ……」
少し埃が積もった食器棚からグラスを二つ持ってテーブルにつく。手掴みで氷を二、三個放り込んでウイスキーを注ぐ。透明な氷が半分琥珀色に染まる。
「え?おい馬鹿、俺はウイスキーなんか飲めねぇって」
「まぁいいじゃねぇか、こんな日くらい。どうせ明日休みなんだしさ」
「普段アルコール三パーセントとか五パーセントの酒飲んでる奴にいきなり四十度の酒なんか飲ませんなよ……」
「大丈夫大丈夫、死にゃしないって」
「その理論は分かるんだけどな」
「なら飲もうぜ。炭酸で割ってもいいし、コーラで割っても美味いぞ」
「分かった分かった、一杯だけだからな」
「お、ありがと。やっぱ付き合いいいね」
「付き合わせたんだろうが」
こんな日々がずっと続けばいいと思った。大切に思う人と嘘偽りのない笑顔で談笑しながら時間を過ごせたらどんなにいいか。決して学生時代、普通に異性に恋をしていた時みたいにキラキラなものではない。でもいつか、もしかしたら色褪せてセピア色になってしまうとしても、俺はこの日々、今日をずっと忘れない。