♪side:直哉

真っ暗な道を街灯が照らす。それくらいの明かりしかない道を歩く。不意に隣から声が聞こえる。
「なぁ、直哉。ありがとうな」
「は?なんだよいきなり」
「いや、ちょっと、なんでもないけど」
「なんでもない事ないだろ、言えよ」
「なんかさ、俺らって多分だけど、その辺の人とズレてるよ」
「それがなんで俺にありがとうって言う理由になるんだよ」
「ズレてる者同士、出会ってくれたことに感謝してんだよ」
「人のことズレてる者とか言うなよ。似合わねぇセリフなんか言いやがって気持ち悪いな」
「人のこと気持ち悪いとか言うなよな」
「お互い様だろ。俺もお前と同じ、ちょっとズレちまった人間なんだから」
「それでいいんだって。どんな過去があったって、どんな今があったって、どんな未来が待ってたって、俺たち人間は生まれてから死ぬまで生きなきゃいけねぇんだ。」
「なんだそれ。誰かの受け売りか?」
「そうさなぁ、誰だったっけかな。まぁ、今は今のままで充分だ」
「俺もそう思う」
歌舞伎町から少し外れただけの道なのに、もう人通りはほぼ無くなった。心地よい静けさだった。もう誰も俺達のことなんて見てはいなかった。いや、元から世界は俺達のことなんて興味も無かったのかも知れないけれど。
「着いたぞ、ここの二階」
「すげぇ普通のアパートだな」
「普通で悪かったな。うちの会社の給料ならこんなもんだろ」
「お前らしいな」
ポケットから鍵を取り出しながら階段を上る翔一を追いかける。その背中が少しだけ大きく見えた。鍵を開けてドアを開ける動作なんて今まで何回も見てきたのに、翔一の動作だけは、他の誰とも違うものに見えた。哀愁が漂っているというか、なんというか。