♪side:翔一

あの時とは絶対に違う唇の感触が妙に心地よかった。雪がちらつく寒さの中でも直哉の唇は柔らかくて温かかった。タバコの匂いはしなかった。
行き交う人々の中をかき分けて進む。少し遠くにコンビニの看板が見える。
「なぁあのさ、買い物あそこのコンビニでいいか?」
「いいよ。タバコも買うんだろ?」
「いや、タバコは買わないんだけどさ」
「そうなん?」
「あそこのコンビニはセブンスターの四ミリ置いてないからな」
「あぁ、あれ置いてるのって別の店か。会社の近くの」
「そうそう、それに今はタバコまだあるしな」
「このヘビースモーカーが」
「うるせぇな、お前も吸ってるくせに」
「俺は電子タバコだし一日五本も吸わないからな」
「なんで電子タバコ吸ってんだ?焦げ臭くて不味いだろ」
「タバコに美味い不味いあるのか」
「そこからかよ」
「俺は電子タバコは吸えねぇなぁ。特に加熱式はさ。臭くてダメだ」
「そんなもんなんだな」
「普通の紙巻の方が美味いぞ」
「それ、そのセリフ完全にヘビースモーカーしか言わねぇからな」
「まぁ、そうかもな」
コンビニの自動ドアをくぐるまでは、さっきの今でここまで普通に話せるとは思っていなかった。きっと、もっと気まずくなると思っていた。そうならなかったのは、直哉のおかげだった。
一番安いウイスキーの小瓶と炭酸水、コーラとつまみになりそうなものを買う。
「ウイスキーそれでいいのか?角瓶とかジャックダニエルみたいなのじゃなくていいのか?」
「お前に買わせるのにそんな高いの買わねぇって。それに、俺はこれが一番好きなんだ」
「あ、そう。まぁいいけど」
直哉はビールとアルコール度数の低い缶チューハイを何本か買っている。酒の趣味は合わなそうだ。
会計を済ませて店を出る頃には雪は降っていなかった。ひりつく寒さだけが、風に乗って頬を撫でる。乾燥した唇が切れそうになる。
会社の鞄とコンビニの袋を持って、アパートに向かう。毎日通っている道なのに何故かいつもと違う感覚がする。見慣れた道も、誰かと歩くだけで見違える。今、俺の隣に直哉がいてくれて良かったと心から思う。たとえ会話がなかったとしても。そうでなかったら、多分今日も一人寂しくこの道を歩いていたと思う。