♪side:翔一

直哉と話しながら神保町駅から地下鉄に乗った。珍しく自然な笑顔ができた気がした。それっきり黙ってしまった直哉の横顔を見つめる。そうしてしまうのは昔からの癖だ。知り合いの横顔を眺めるのが、何故か好きだった。俺も黙って切なげな横顔を見つめ続ける。笹塚行きの新宿線が静かに揺れる。明るくなることの無い窓の外を眠そうな目で見つめるお前は今、何を考えているんだ。
「なぁ、眠かったら寝てもいいんだぞ。着いたら起こすからさ」
「十分で着いちゃうだろ。大丈夫、起きてる」
「そうか、それなら明日は休みだし家でゆっくり寝な」
「そうする」
乗り換えもなく、あっという間に新宿駅に着く。地下鉄を降りる。後ろについてきている直哉を少し気にしながら、日本最大のターミナルステーションの中を迷わず進む。
駅の外は不夜城のように明るかった。眠らない街は、今日も喧騒と活気に包まれていた。長野では浮いていた法被にねじり鉢巻きの客引きの男も、この街では普通に景色のひとつとして溶け込んでいる。そんな歩き慣れた道を進む。少し後ろを直哉が歩く。少し遠くに赤いネオンサインでできたゲートが見えてくる。俺たちの間に会話はなかった。
歌舞伎町のゲートをくぐった時、不意に直哉が話しかけてきた。
「なぁ翔一」
「ん?」
「あのさ、変なこと聞くけど、こういうピンク色とか紫色の看板の店って入ったことある?」
「変なことって言うから何かと思えば。入ったことはないよ。」
嘘だった。
「やっぱり翔一も女の人は抱く気分になれないもんなの?」
「なれないかなぁ。お前は知ってるだろうけど、俺って女の人を好きになれないタチだからさ」
「まぁ、予想通りの答えだったけどさ。やっぱりそうなんだな」
「なんだよ、いきなり」
「じゃあさ……」
「男は抱けるのかって?」
「なんで」
「お前のことだから、いつもみたいに本当に聞きたいことの前にどうでもいい質問してくると思ってな。お前が聞きたいのは今の質問で合ってるか?」
「合ってるけど」
「抱けるさ」
「お前を過去に縛り付けたままどっかに消えちまった、その人以外の男でもか?」
「なんだ、今日はやけに踏み込んでくるじゃねぇか。俺にどうして欲しいんだ?」
「質問に答えてくれよ」
「抱けるさ。あいつの事は忘れられないだけであって、俺自身は前に進まないといけないってことは自覚してるからな」
「その相手が……」
「待った」
「待たねぇ。その相手、俺じゃダメかよ」
「待てって言ったのによ」
「悪い。待てなかった」
「察してたとはいえ、まさかお前からそれを言われる日が来るとはな」
「まさか俺もこんなことをお前に言う日が来るとは思わなかった」
「だろうな。でも、分かった。お前なら俺はいい」
直哉の頬を涙が一筋だけ伝った。俺はまた、少しだけ笑って前を向いた。いつの間にか、直哉は俺の横を歩いていた。