♪side:直哉

店を出て、外の冷気に触れた。東京のクリスマスは色鮮やかで無機質だ。誰かがデザインしたイルミネーションだとか、ネオンサインだとかが燦然と街を彩っていた。青も白も黄色も艶かしいあの色も、今の俺には美しいとは思えない。俺が今までで見たことのある美しいと思えるものは一つだけで、それは心の内に秘めて、誰かに伝えるつもりはない。多分俺はそれを墓場まで持って行くんだ。こんな粗雑な人工の夜空に走る銀河鉄道はきっと、イーハトーブになんか向かっていないと思う。
並んで歩きながら神保町駅に向かう。お互い黙ったまま、ただ白い息を吐く。駅の階段を降りて、改札を通りながら翔一に話しかける。
「手袋、つけないんだな」
「ん?手袋か。つけた方がいいか?」
「いや、別につけて欲しいとかそういう訳ではないけど。ただたまに息で温めてるから寒いのかなって思ってさ」
「あぁ、まぁ確かに空気は冷たいけど、手袋つけるまでじゃないかなって」
「なるほどなぁ。単にあの手袋つけるのが嫌なのかと思ってたけど、違うのか」
「いやすまん、バレてるなら隠す気はないから言うわ。正直ちょっとまだ躊躇ってる」
「やっぱりな。俺が翔一と同じ立場でもそうしたと思うから、聞いてみたらやっぱりそうだった」
「ごめんな、せっかく買ってきてくれたのに」
「いや全然いいよ、むしろこっちこそ軽率に過去に触れるみたいな真似してごめん」
「まぁ、そこはお互い様って言えばいいのかな。そういう事にしとこうか」
驚いた。珍しく普通に笑う翔一がいた。なんで、そんな曇りのない笑顔ができるんだよ。少しだけくしゃっと笑う翔一の顔を見ただけで、心拍が早く、強くなる。あぁ、駄目だ。俺はやっぱりこの人のことが好きだ。男の人を男として好きになってしまった。こんなことは口が裂けても言えないけど、お前に忘れられない人がいることもその人が男だってことも知ってたよ。今日だって、渡した手袋はつけてくれなかった。お前の中で俺は一番になれないんだな。なぁ、それなら二番目でもいいから、俺の事も見てくれよ。なんて、思うだけならタダだろ。
来た時と同じ列車で帰る。話しかけられないまま、新宿駅まで来てしまった。あとはアパートまで歩いて帰るだけだ。こんな気持ちのまま翔一の部屋に行ってしまって大丈夫だろうか。不安が心に覆い被さってきた。何をしてしまうか分からない自分が怖かった。