無事に、あの子供の探し人を見つけた後は、墓参りをした。
 その後、ふたりとは積もる話があるからと別れたが、あの様子だと大丈夫だろう。

 こうして依頼を終えた俺達は、春夏冬に戻る途中だった。

「しっかし……一時はどうなることかと思ったけど、無事に話がまとまって、よかったですね」
「そうだな。……あの様子からして、今日明日死ぬと言うわけでは無さそうだし……向こう十年は持つんじゃないか」
「……それは、長いんですかね……?」

 嘘か真か、青さんは自分の寿命が尽きると言っていた。
 それが十年先の出来事だとすれば、あの子はまだまだ青さんと一緒にいられるが、十年後には悲しい別れが決定付けられている事になる。

「狐、君はどうだい?  大切な人といられる十年は、長いか短いか」

 手放しでは喜べない幸せに、複雑な気持ちを持ったところで質問され、俺は何とはなしに空を見上げた。

「……俺は……」

 雲ひとつ無い青空を眺め、問われたことを考える。

「――俺は、短いと思いますよ」
「……そうか。だったら、どれくらいがいい?」

 どこかピントのずれた安倍の問いに、数字で測れる問題では無いと首を横に振る。

「きっと、何年あっても、最後はもっと一緒にいたかったって泣くと思います」
「泣くのか」

 くすりと、安倍が笑った。
 腹が立たなかったのは、嫌味っぽくない……穏やかな笑い方だったからだ。

「うらやましいな」

 穏やかな顔のまま、安倍はそんな言葉をこぼした。

「誰がです」
「君もだが……あの鬼達もだ。――僕には、無縁の話だからね」
「……安倍さん……」

 かける言葉なら、色々ある。
 中でも、分かったような言葉をかけるのは、とても簡単な事に違いない。
 けれど、俺の口から飛び出したのは、その場しのぎの慰めの言葉では無かった。

「――さらっと言ってますけど、鬼とか訳分からないこと言うの、やめてもらえます?」

 そんなものを必要としていない奴に、上っ面の言葉を投げたって意味が無い。だから俺は、自分の本音をぶつけてみた。

 最初は、意表を突かれたのか、きょとんとしていた安倍だったが、徐々に唇を持ち上げ、いつもの自信に満ちた笑みを浮かべる。

「まだ言うか。ガチガチの石頭め」
「その言葉、もう今日だけで聞き飽きました」
「事実なんだから、仕方が無いだろう」

 言い合っていると、いつの間にか店の前に到着した。

「狐」

 引き戸に手をかけると、開ける前に呼び止められる。

「なんですか?」

 狐呼ばわりも、もう慣れてきた感があるのが嫌だななんて思って振り返れば、安倍は薄く笑っていた。

「これからも、僕の仕事を手伝え」
「…………は?」
「今日で分かっただろう? 僕は、妖連中に嫌われている。その点、君がいれば話がスムーズだ」

 真意を読ませない男に「分かっただろう?」 なんて言われても、俺がいれば話がスムーズに進むなんて、少しばかり持ち上げられても、返す答えはひとつと決まっている。

「嫌です」
「なぜだ?」

 即答したのに、安倍は引き下がらない。
 俺は、この期に及んで「なぜ?」だなんて、分かりきったことを聞くなという内心を、そのまま、言葉にした。

「なぜだって、言われても……。俺……オカルトとか信じてないんです。そういう用語を聞くだけで、鳥肌もんなんで。アンタの手伝いとか、絶対無理です」

 丁重なお断り文句だというのに、安倍はふんと鼻で笑った。

「このウソツキめ」
「――言ったはずですよ、俺は肉眼で見たものは信じないって」
「なら、眼鏡をしている今、上を見てみろ」
「上……?」

 見上げれば、店の看板がそこに掲げられている。

「読み上げろ」
「はあ? ……ええと……さぼう、あきなし……」

 なんなんだよと思いつつ、やる気も無くだらだら読み上げていると、味のある太字の下に、小さく何かが書かれていた。

 目をこらし、その文字を声に出す。

「……うせものさがし……うけたまわります……!?」
「そう、この店自体が失せ物探しの依頼を受け付けているという事だ。――つまり」

 にんまり。
 企みが成功したかのように、安倍があくどい笑みを浮かべる。

「僕の手伝いは、従業員の仕事のひとつという事になるな。……今後も、励みたまえよ狐くん」

 ぽんっと気安く俺の肩を叩いた安倍は、さっさと店内へ入っていく。

 取り残された俺は、青い空の下で呆然としていたが、通りがかった車から、思い切り水たまりの水をかけられ、我に返った。

(今朝もあったよな、こういうこと! ……なんだよ、なんなんだよ……!)

 また嫌味を言われるに違いない。

「ほんとにもう、何なんだよ……!!」

 この状態を目にした奴の顔が容易に想像ついて、悔しいやら情けないやらで八つ当たりめいた独り言が口をつく。

 すると、店内からマイペースな常連様が、俺を呼ぶ声が聞こえてきた。

「狐、はやく来たまえ。店主が首を長くして雑用係を待っていたぞ」
「ああもう、今行きますよ!」

 後を追うように店内に一歩踏み入る。

「おかりなさい、稲成くん。……さっそくですが、着替えてきなさい」
「……狐、君は本当に残念な男だな。学習能力が無いのかね」
「……スミマセン、キガエテキマス」

 呆れた視線をふたりから向けられた俺のすぐそばで、風が悪戯したのか鈴が鳴る。
 高く澄んだその音は、広い天井にのびのびと響き渡り、どこまでも伸びていくようだった。