「こっちじゃ! はやく、はやく!」

 待ち合わせ場所に案内されながら、俺は首をひねっていた。

(だって、墓場だからな……)

 近頃の子供って、墓場で待ち合わせるのが普通なんだろうか?

 なぜ、わざわざ墓場なんかで待ち合わせをするんだと思うのは、俺の感性が田舎者だからなのか、それとも子供時代に友達と待ち合わせ経験がないからなのか……駄目だ、考えてもわからない。

 俺は、正直に子供に聞く事にした。

「……あ、あのさ……墓場で待ち合わせとか、ちょっと新しすぎないか?」
「そうかぁ~? おれたちは、いつも墓場じゃよ」
「えー……やっぱり、都会っ子の常識なのか……?」

 都会すげーと感心していたら、それまで静かだった安倍から冷笑を向けられた。

「馬鹿狐。そんな常識があってたまるか。……あくまで、お客人とその友人にのみ適応される事だ。墓地などといった、普段はあまり人が近付かない場所で待ち合わせる理由なんて、簡単だろう。――人目に付かないためだ」
「……いや、待って下さい。そうなると、お友達とやらがもの凄くヤバイ人に聞こえるんですけど……」

 人目を避けて、小さな子供に会おうとする大きいお友達。
 響きだけで通報案件な気がしてならないが、子供は怒ったように声を荒らげた。

「やばくない! 青は、いい奴じゃ!」

 大きなお友達は、どうやら『青』という名前らしい。そして、この子は青という友達を、信頼していると分かる。

「そっか。ごめんな」

 俺はかがんで、悪かったと子供に謝った。
 自分が信じている相手を悪く言われたら、怒って当たり前だ。
 いくら、俺の中に大きい友達とはヤバイ大人ではないかのか? という疑念があったとしても、口に出すのは無神経だった。

 謝罪を受け入れてくれた子供は、ふくれ面をしたものの、それ以上大声は上げなかった。

 ただ、俺達に何度も「青はいい奴」だと訴えてくる。

「ほんとうに、いい奴なんじゃ! ……おれ、しゃべり方がおかしいじゃろう? 親もおらん。……でも、他の奴らは、親に色々教えてもろうてから町におりるんじゃ。そいで、たっくさん、友だちをつくって……毎日、楽しそうじゃった」

 それをずっと、うらやましいと思っていたと子供は呟いた。

「そしたら、青が声をかけてきてくれてな。もう泣かんでいい、親がおらんのなら、自分が友だちをたくさん作る方法を、おしえてやるって」

 それからは、自分も町に降りられるようになった。仲の良い友達も何人も出来て、楽しい毎日だった。
 けれど、友達を作る方法を教えてくれた彼は、いつもひとりぼっちでお墓にたたずんでいる。
 そんなのは寂しいと思った。
 だから子供は、毎日恩人である彼の元を訪れるようになったと言うわけらしい。

 しかし。

「突然、いつもの場所に来なくなってしまった……というわけかい」

 道すがら聞いた話を、最後に安倍がまとめる。

「……そうじゃ」

 毎日会えた友人が、突然の音通不信。気が動転し『消えた』と大騒ぎしてしまったのだと子供は俯いた。

「ま、まぁ、友達が急に来なくなったら、心配になるのはわかるよ」

 取りなすように俺が言うと、子供はうんうんと何度も頷く。横の安倍は「ふ~ん」と、面白がるような目で俺を見た。

「……なんだよ」
「君、子供には優しいんだな」
「……はあ?」

その間にも、足は進む。
目当ての寺が見えてきた途端、子供はぱっと先に駆け出した。

「あそこじゃ!」
「あっ、こら、待てって!」

 俺は慌てて追いかけようとするが、のんびりとした足取りの安倍にその気はない。足取りと同じくらい、のんびりとした口調で奴は言った。

「優しいのは分かったが……それでも君は、〝ウソツキ〟だな」
「――は?」
「なんで、あのお客人に触らないんだい?」
「……意味が分からないな。今時、子供にベタベタ触る奴がいたら、即通報もんだろ」
「ほら、ウソツキだ」

 喉に小骨が引っかかったような、嫌な言い方をされて、足が止まってしまう。
 すると、安倍は素っ気なく俺を追い抜いた。このまま先に行くのかと思いきや、奴は数歩先で足を止めると、こちらを振り返り、笑った。

「見えているくせに」

 その一言で、ぞわりと背筋が寒くなったのを――俺は気のせいだと思う事にした。
 全速力で走り、いけ好かない男を追い抜く。

 ――なぜだか、そうしなければいけない気がした。
正直な話、あのままアイツの言葉を聞いていたら、もう戻れない気がしたんだ。