――家に続く坂道を歩いていた。
夕焼けに照らされた道は、赤くて……子供だった俺には、少し怖いくらいだったから、いつもは走って駆け抜けていたのだけれど――その日は母が一緒だった。
だから、俺は急ぐことも怖がる事も無く、母に手を引かれながら、上機嫌で坂道をのぼっていた。
俺達は、おきつね様の神社に立ち寄って手を合わせて、家に帰る途中だった。
「小太郎は、おきつね様に何をお願いしたの?」
「んーとね、きょうのごはんも、あしたのごはんも、おいなりがいいですって!」
「ふふ、小太郎は、本当にいなり寿司が好きだね」
「へへへ~」
それは何の変哲も無い、一日の終わりのはずだった。
坂を登り切った時、不意に母が、俺の手を離すまでは。
「……小太郎、母ちゃんがおまじないをしてあげる」
「おまじない……?」
「そう」
沈む太陽を背中に背負った母が、この時どんな顔をしていたのか……俺には分からない。
「悪いものから、小太郎を守ってくれるおまじないだよ」
笑っていたのか、あるいは悲しそうな顔をしていたのかも、記憶にない……。
もしかしたら、まったく別種の顔をのぞかせていたかもしれないが……何ひとつ、正確なことは思い出せないのだ。
「悪いものには、近付いちゃいけないよ」
「うん。おれ、知らない人にはついてかない」
子供の認識では、悪いものというのは、甘い言葉をかけて連れていこうとする不審者の事だった。常日頃から言い含められていたから「大丈夫」だと胸を張る俺に、母は首を横に振る。
「知っている人でも、悪いものを持っている人には、近付いたらいけない。約束できるね?」
「んー……、うん……」
話半分で、よく分からないまま、母から差し出された小指に、自分の小指を絡め。
「はい、指切った――」
約束をした。
そして顔を上げた時、俺が目にしたのは、人間ではない何か、だった。
けれど、そんな普通ではない事を、俺は綺麗さっぱり忘れ去った。……あの、嫌味で風変わりな男に会うまでは。
あの男……安倍保明と言う人間に出会うまで、俺の記憶は矛盾とつじつま合わせで成り立つ、嘘に憑かれた世界だったのだ。
夕焼けに照らされた道は、赤くて……子供だった俺には、少し怖いくらいだったから、いつもは走って駆け抜けていたのだけれど――その日は母が一緒だった。
だから、俺は急ぐことも怖がる事も無く、母に手を引かれながら、上機嫌で坂道をのぼっていた。
俺達は、おきつね様の神社に立ち寄って手を合わせて、家に帰る途中だった。
「小太郎は、おきつね様に何をお願いしたの?」
「んーとね、きょうのごはんも、あしたのごはんも、おいなりがいいですって!」
「ふふ、小太郎は、本当にいなり寿司が好きだね」
「へへへ~」
それは何の変哲も無い、一日の終わりのはずだった。
坂を登り切った時、不意に母が、俺の手を離すまでは。
「……小太郎、母ちゃんがおまじないをしてあげる」
「おまじない……?」
「そう」
沈む太陽を背中に背負った母が、この時どんな顔をしていたのか……俺には分からない。
「悪いものから、小太郎を守ってくれるおまじないだよ」
笑っていたのか、あるいは悲しそうな顔をしていたのかも、記憶にない……。
もしかしたら、まったく別種の顔をのぞかせていたかもしれないが……何ひとつ、正確なことは思い出せないのだ。
「悪いものには、近付いちゃいけないよ」
「うん。おれ、知らない人にはついてかない」
子供の認識では、悪いものというのは、甘い言葉をかけて連れていこうとする不審者の事だった。常日頃から言い含められていたから「大丈夫」だと胸を張る俺に、母は首を横に振る。
「知っている人でも、悪いものを持っている人には、近付いたらいけない。約束できるね?」
「んー……、うん……」
話半分で、よく分からないまま、母から差し出された小指に、自分の小指を絡め。
「はい、指切った――」
約束をした。
そして顔を上げた時、俺が目にしたのは、人間ではない何か、だった。
けれど、そんな普通ではない事を、俺は綺麗さっぱり忘れ去った。……あの、嫌味で風変わりな男に会うまでは。
あの男……安倍保明と言う人間に出会うまで、俺の記憶は矛盾とつじつま合わせで成り立つ、嘘に憑かれた世界だったのだ。