高校生活は、入学前からつまずいていた感じがある。入学式より前におこなわれたオリエンテーションで早速、課題のテキストが配られた。三教科の、中学のおさらいと高校の予習。

 数学の課題は、文系理系の特進クラスだけ特別仕様だった。中学の範囲は全部できることが前提の、高校で習う範囲の予習課題だ。
 因数分解の練習問題が、計算の遅いわたしにとってはあまりにも多かった。公式の意味だとか効率的なやり方だとかが全然わからないまま、ちまちまと進めたけれど、ギリギリまで終わらなかった。見直しなんて、とてもじゃなかった。

 ひとみと雅樹の引っ越しの手伝い、制服の採寸、教科書の購入、そして入学式。日山高校は一学年四百人の規模だから、琴野中のころよりも大人数だ。体育館に詰め込まれた人混みのすさまじさに、めまいがした。
 入学式が終わって、ホームルーム。担任は、目つきのきつい美人の英語教師。誰の名前も覚えられない単調な自己紹介があって、課題の回答が配られた。

 担任が命じた。
「課題は明日までに答え合わせとやり直しをして提出すること。明日から授業が始まるけど、各教科で予習用の課題が配られるはずよ。予習をおろそかにすると、授業の内容に付いていけない。一年の一学期から落ちこぼれる生徒も毎年いるからね。しっかりやりなさい」
 ここは軍隊なんだな、と思った。

 文系特進クラスは六対四の割合で女子のほうが多い。一方、理系特進は三対七で女子が少ない。体育の授業は文理の特進クラスの合同になるらしい。ほかのクラスも、男女の割合を見ながら二クラス合同でやるんだそうだ。

 わたしは気が重かった。同じクラスのひとみだけじゃなく、せっかく別のクラスになった雅樹とも結局、接点ができてしまうなんて。
 胃に鈍痛を覚えるわたしとは裏腹に、ひとみの滑り出しは好調だった。自己紹介で、ひとみだけはクラスの全員に顔と名前を覚えてもらったはずだ。

「木場山という山奥のいなかから来ました! 下宿生です。平日と土曜日の朝ごはんと晩ごはんとお昼のお弁当は、下宿屋のおばちゃんに作ってもらいます。日曜日はごはんがないので、勇気を出してコンビニやファミレスに入ってみたいと思います」

 担任が呆れたように笑った。
「コンビニもファミレスも入ったことないの?」
「木場山にはなかったんです。家族旅行もしたことないので、よその土地って、修学旅行を除けば初めてで。この琴野町はそんなに都会じゃないって、みんな言いますけど、あたしにとっては便利すぎて、都会だなって感じです」

 笑いが起こった。どこか張り詰めていた教室の空気がなごんだ。ひとみは癒し系というか愛され系というか、マスコットや小動物みたいに、場の緊張を解きほぐす力がある。本人は自覚していないようだけれど。
 雅樹も隣のクラスで同じように、いなかから出てきた純朴な努力家って感じのキャラづけを獲得したのかな。あいつは絶対つまずいたりしないだろうな、と思う。

 家に帰って、春休みの課題の答え合わせをした。数学は間違いだらけだった。やり直しの量がものすごくて、睡眠時間が削られた。自己採点のスコアの低さが衝撃的で、現実としてちょっと受け入れられなかった。おかげで、悶々として眠れなかった。